「必殺ジュリエットサンダー」
こんばんは!いただいた拍手コメントへの返事を更新いたしました。
「赤い空に黒い虹~」漫画へのご質問をいただきましたので、その回答も拍手返事ページに記載させていただきました、六様、ありがとうございました///!!
そして・・・また・・・岩泉さん女体化の及岩小説です。
必殺スノーホワイトクラッシュの続編みたいなかんじで、今度は岩ちゃんが体調壊してフニャ泉になってます。前半に牛岩のターンがありますので、苦手な方はお気を付けを!
こんばんは!いただいた拍手コメントへの返事を更新いたしました。
「赤い空に黒い虹~」漫画へのご質問をいただきましたので、その回答も拍手返事ページに記載させていただきました、六様、ありがとうございました///!!
そして・・・また・・・岩泉さん女体化の及岩小説です。
必殺スノーホワイトクラッシュの続編みたいなかんじで、今度は岩ちゃんが体調壊してフニャ泉になってます。前半に牛岩のターンがありますので、苦手な方はお気を付けを!
必殺ジュリエットサンダー
整骨院の予約をしていたので、部活を休んだ。検診は怠らず年に数回は来院する。会計を済ませて院を出ると、陽が沈み始めていた。牛島は携帯で時間を確認する。ミーティングには間に合いそうだった。駅へ向かう。歩道を急ぎながらネットで時刻表の確認をしたところ、少し待てば快速に乗れる頃合だ。
見覚えのある女が、駅のホームに座っていた。
牛島は速やかに自動販売機の陰に隠れた。
なぜ、こんな、こそこそした真似を俺がしなければならないのか。
自問自答しつつ、相手の様子を伺う。
岩泉は膝の上に鞄を抱えて、うたたねをしているようだった。うつむいた頭が微かに上下している。膝から鞄が落ちた。黒いエナメルのショルダーバッグだ。岩泉は起きなかった。
牛島はつかつかと接近した。バッグを拾い上げる。
「おい」
呼びかけると、重たそうに瞼が開いた。
「どうした」
牛島の声を追って見上げてくる表情は、変に幼かった。
「ウシワカ」
あだ名で呼ばれ、牛島の眉間に皺が寄る。この呼ばれ方に抵抗があるのは大方及川のせいである。
「お前とはいつも、変な所で会う・・・」
言う岩泉の声には覇気がない。
「具合でも悪いのか」
問うと、こくりと頷いた。その頷き方も子供のようだった。
牛島は、非常に難しい顔色で、岩泉の膝へ拾ったバッグを置いてやる。
「熱は」
「熱とかよりも、おれ、薬に弱くて」
市販の風邪薬でふらふらして、電車を降り過ごしてここまで来たのだという。自己管理が甘いだとか危機感が薄いだとか色々説教したい衝動にかられるが、なんだか喉に絡まってうまく言葉にならなかった。
「大丈夫か」
声をかけると、意外そうな顔で見てくる。
「歩けるのか」
「うん」
ありがと、と消え入りそうな声で続け、岩泉は鼻をしゅくしゅくと啜り上げた。制服のスカートの下に履いた、ジャージの膝小僧を摺り合わせる。
「寒いのか」
「んん」
微かに首を横に振るが、マフラーに埋めた顎が少し震えているじゃあないか。
牛島の保護欲は爆発した。
「おまえなそんな薄着で、震えて」
岩泉の隣の席に自分のサブバッグを落とし、引き裂くようにファスナーを開ける。服屋の見本のように畳まれた替えジャーを引っ張り出して岩泉の頭の上に乗せた。
「え、なに」
「コートはどうした」
「あ、中にジャージ着てるから」
「それも使え、・・・・・・良かったら」
「なに?体操着?あ、ジャージ」
覚束ない手つきで頭にのっけられたグレーのそれを目の前に広げてみて、困ったように眉を下げる岩泉。白鳥沢の校名が、左胸に小さく刺繍で入っているのだった。気に食わない。そっと牛島を横目で伺えば、頑固親父のような顔付きでガンをくれており、親切心なのだろうなあと微妙にイヤな感じに拍車がかかる。
けれど、確かに肌寒かった。泣きそうになるくらい。
これがあの見慣れた部活用の白いやつだったら、意地が勝ってしまったかもしれなかったが。
「・・・・・・ありがと」
礼を述べ、岩泉はもそもそとジャージを羽織った。それを見守る牛島の強面は厳しい。
普段は無口で威圧感のある恐ろしい親父が、これから仕事に行かなくてはならないのに、猫が背広の上で丸くなってしまい、起こすに起こせず内心おろおろ、ただ睨み続けるよく晴れた朝。
そんな感じの凶相で歯軋りもする牛島若利、こう見えてもまだ高校二年生だ。女一人になんとなく調子の崩れる自分が気に食わないのだった。
ファスナーを一番上まで上げて、もこっとした岩泉がバッグを抱えて座りなおす。裾が腿の半ばにまで及ぶサイズの違いだ。
「治ったら返しにいく」
「・・・・・・て、適当でいい」
「あっそ・・・・・・何見てんの?」
「何でもない」
「んー」
岩泉はバッグに額をくっつけて、沈み込んだ。
「お前の恩は受けたくなかったなあ」
さみしげに、こぼす。
なんて可愛くないことを言う女なのだろうと、牛島は憤り半分、呆れ半分に、その形のよい後頭部をことさらに強く睨み付けた。
「も~」
と、その視線を鬱陶しがるように岩泉はぐずり、
「ほんとにお前、変なところにばっかり現れる・・・」
ぐす、と鼻を啜る音。
「別に、変な所に現れたことなんか」
牛島は思い返して指を折った。
県民体育館に、ジムのプールに、自分からすれば生活範囲圏内の駅構内だ。
「・・・・・・変なところってことはないか・・・」
岩泉も自分で気が付いたらしかった。
「でもさあ。でも、なんかさ」
「体調のせいだ」
気持ちが不安定になっているんだろう。
「じゃなくてお前が、なんか憎めないキャラっていうかさあ。やな奴なんだけど、」
唸り声混じりにクレームをつけてくる。
「優しいっていうか」
視線で、触られる。少し充血した目にハラハラした。心配してやるような関係も謂れもないのに、牛島の眉間に皺は寄るばかりだ。岩泉が何を言っているのかもよくわからない。
その岩泉の目が、ふと、やわらかくなった。そっか、と得心したように言う。
「お前が変な時に来んじゃなくて、お前に会ったら、おれが変になるんだ・・・」
男のような一人称で言うくせ、泣きそうな顔で抱えたバッグに頬を寄せるので、牛島のハラハラはハラハラを超えて腹が痛くなってきた。
「何を言ってるんだ」
積もった疑問をそのままに投げると、「わかんね」とブロックである。ちくしょー、と牛島は下っ腹を押さえた。おかしくなるのは、多分伝染するのだ。いつも。今までも。
鼻先までジッパーを上げた岩泉が、くんくんと鼻を動かした。
「いいにおい」
とちいさくこぼす。
「な、何がだ」
「花みたいな匂いする。牛島のなのに、おかしいの」
ふにゃー、と、やわらかく溶けるみたいにして笑う。服の匂いの事を言われているのだと気が付いて、牛島の心臓は裏返った。
「や、や、や、やめろ」
「ん」
小さく動かしていた鼻を、ジャージの襟の中へ埋めてしまい、岩泉は黙った。
そして黙られたら黙られたで、牛島は落ち着かない。
やがて、アナウンスがまもなくの到着を告げた。岩泉が立ち上がる。立ち姿を改めて見ると、着させたジャージのサイズはひどかった。肩のところが肘に届きかねない。指先まで覆っても余る袖を、袖の内側から握りこんだせいで、ほとんどぬいぐるみのようになっている。
牛島は、拳を口に当てた。そうして一瞬堪えたのだが、ぶふ、と変な息が漏れてしまった。
「なに笑ってんだよ」
まるっこい手で腹をポテポテ叩かれて蹲りそうになる。
「やめろ」
笑いを堪えながら言うと、き、と強い視線が来た。いつもの感じだ。調子が戻ってきたらしい。
意志の強そうな眉毛をしている。目は煌くようだ。グレーの丸いシルエットから突き出たせいで細くて短い足が地面を踏ん張り、拳も握ればあたかも発射直前のミサイルのよう。
「あのなっ」
おう、と牛島は一歩下がりそうになるのを持ちこたえる。
「態度悪くてごめんな。・・・・・・八つ当たりなんだ」
は?
ミサイルの着弾に構えていた牛島は、肩透かしを食らって踵が浮いた。
「これ、ありがとう、大きいけどあったかい」
轟音を立てて電車がホームにやってくる。突風で岩泉と牛島の髪が揺れた。横開きにスライドした扉に駆け込んで、岩泉がぬいぐるみのような手を胸元で振る。じゃあな。牛島は大股に歩み寄り、白線を越えた。
「気にしてない!」
何かが腹立たしかった。警笛に叱られて後退する。扉が閉まってガラス越しになった岩泉が、びっくりした顔でこちらを見ていたので、牛島の溜飲は少しだけ下がった。
ごとごとと電車が去ってゆく。岩泉はずっとこちらを見ていた。牛島は大きな溜息をつく。臍の辺りを手でさすり、ベンチに腰掛けた。
・・・・・・及川と、何かあったのか。
勘がずっとそう告げていて、グレーの塊みたいになって鞄に頬を押し付けていた気弱な態のあれを思い出すにつけ、腹の内がどうにもこうにも渋かった。
火曜日の夕刻、部室の一角にて、及川はものすごく哀愁漂う顔で携帯を凝視していた。
火曜日の夕刻、部室の一角にて、及川はものすごく哀愁漂う顔で携帯を凝視していた。
「なんかあったの」
多少の事情は踏まえつつ、花巻がそう問うと
「なんもないよ」
と実に切なげな返答だ。
昨日の放課後、岩泉と一緒に帰ろうとして、追っ払われたらしい。
そして今日、岩泉は学校を休んでいる。・・・日曜にやらかした、及川の風邪がうつったのに違いなかった。
「でも、大したことねえんだろ?」
「らしいけど、家に行っても会ってくれないし」
「そりゃお前、つーか行ったのか家に」
「だって多分これ俺のせいじゃん」
溜息ひとつ、携帯を鞄に放り込み、ブレザーを半脱ぎになって、しばし考える及川。脱いだ上着をハンガーにかけて、再び携帯を拾う。2、3操作して項垂れる。馬鹿のようである。
「ちょっと落ち込みすぎじゃない・・・携帯に連絡来たんだろ?」
「さっき熱下がったって、もう大丈夫だって、でもうち来るなって、それだけだよ」
「そりゃまたお前にうつったらバカみたいじゃねえか」
みたいじゃなくてバカだろ、と松川も花巻の援護に加わった。
「あと、お前に気を遣わせたくねえんだろ、わかるよな」
「うん」
しばし液晶を眺め、諦めをつけたらしく鞄に仕舞い直すと、タイを緩める。ロッカーの中では一日放置したジャージが悪臭を放ち始めていた。
「気を遣わせたくないっていうのがさあ・・・岩ちゃんが気ィ遣っちゃってるじゃん、そんで気ィ遣わせてほしいじゃん。そういう遠慮な感じがさあ、やっぱりじかに会わないとなんか、壁ができてく感じしてさあ」
松川は聞き流しつつも解るような感じがして、
「あーな」
と頷いた。
「まあ単純に体調管理しくるとへこむしな」
「ヘコむだろうなアイツは特に。しかも原因コレだしな」
「ちょ、コレて」
「まあ、でも、」
と渡がやわらかく割って入ってきた。渡は頑張り屋でとても誠実だし、まだ一年生なのに人一倍チーム想いで、それでいてプレーが時々刺すようにエグいので先輩3人は口を閉じてご意見を拝聴する。なんだか僧侶のような妙な徳の高さがあるのである。
「及川さんの風邪がうつったって決まったわけじゃないですよ」
タイミング的にどんぴしゃではあるのだが、確かに誰が証明できることでもなかった。
そうですよ、そうですよ、と後輩数名が同調してくれる。
「いや、でも、絶対俺からうつったと思うんだよね」
着替え終わり、ロッカーをかき回す及川。
「なに、お前うつるような事をしたわけ」
ははは、と笑いながらおちょくる花巻。及川は黙り込んだ。空気の色が青に染まるような沈黙であった。
ははは・・・と花巻のくすぐるような笑い声は静かに静かに小さく消え、部室の中が、なんだかしんとする。
「えっ・・・」
「ちょっ、やだ」
「えっと・・・」
「え・・・・・・やだあ・・・・・・」
ざわざわしだした。
「い、いや。いやいやいや」
慌てる及川。潮のように引きまくりの顔をした花巻が、引き続きなんとかコメントを発する。
「なんかお前って過去に一回くらい、岩泉のリコーダーとか舐めてそう」
「なんで知ってんの!!?」
今度こそ完全に部室は沈黙の部屋と化す。部史にいまだかつてないくらいの、静まりかえりかただった。
及川が携帯電話を持つようになったのは、中学にあがってしばらくしてからだ。部活のスケジュールがあまりに過酷であったので、保護者同士がいろいろと情報交換をして、あったほうがいいでしょうと父母が決断してくれ、買い与えてもらったのだった。岩泉も同時期に全く同じ事情で入手を遂げたため、互いに互いが最初の通信相手で、楽しかった。岩泉の文面は彼女らしくて素っ気無かったし無視されることもしょっちゅうだったが、来るとなると返信は早かったし、たまに語尾に付いてくる不器用な顔文字らしきものがどうにもハンパなくかわいかった。
及川が携帯電話を持つようになったのは、中学にあがってしばらくしてからだ。部活のスケジュールがあまりに過酷であったので、保護者同士がいろいろと情報交換をして、あったほうがいいでしょうと父母が決断してくれ、買い与えてもらったのだった。岩泉も同時期に全く同じ事情で入手を遂げたため、互いに互いが最初の通信相手で、楽しかった。岩泉の文面は彼女らしくて素っ気無かったし無視されることもしょっちゅうだったが、来るとなると返信は早かったし、たまに語尾に付いてくる不器用な顔文字らしきものがどうにもハンパなくかわいかった。
最近のやりとりは専らLINEだ。そこから送られた情報によると、月曜の帰りに電車で病院へ行き、診察と念のための薬の処方を受け、一日安静にしたところ、もうすっかりいいらしい。
それでもなんだか、元気がなさそうだった。
やはり、体調を崩したことで自己嫌悪に陥っているのだろう。岩ちゃんは人には厳しいけど自分にはもっと厳しいもんなあ、とごろごろ布団の上で寝返りを繰り返す。帰宅してすぐに摂った夕食は既に消化されてしまい、えらい勢いで小腹が空いてきた。
おなかへった、とタッチパネルですいすい書き込み送信する。夕飯前に送信した、部活の報告と見せかけた雑談メッセはことごとく既読にしてスルーされたため、期待はしていなかったのだが、返事がきた。
『寝ろ』
口の端が上がる。時刻は23時を回ったところだ。岩ちゃんこそ何起きてんの。
『ラーメン食べたい』
『やめろ』
『おでん食べたい』
『やめろ』
『揚げ出し豆腐食べたい』
『本当にやめろ』
『ころもがおつゆに溶けかけてるところを箸で割って、大根おろしがひたひたになったのをたっぷりのせて、ネギをこぼさないように気をつけて口に入れ、噛むと染み出す油とカツオ出汁の香りを堪能したい』
『なぐる』
『明日絶対になぐる』
及川はヤニ下がった。
「うへへ・・・」
などと忍び笑いしつつ、『早く寝なさい』とつっこみ待ちの文言を送る。
通知の灯りがまたたいた。
『眠れない』
液晶の放つ薄っぺらい光が、及川の瞳を照らしていた。
そこからの及川の行動は迅速をきわめた。ベンチコートを羽織り財布と鍵をポケットに仕舞うと音を立てずに家を出る。
そこからの及川の行動は迅速をきわめた。ベンチコートを羽織り財布と鍵をポケットに仕舞うと音を立てずに家を出る。
10分も走れば昨日と今朝は門前払いをくった岩泉宅が目の前だ。片開きのスチール門扉に、上から躊躇なく手を差し入れて、内側から閂を外す。宅内へ侵入する。室外機を足掛かりに、雨樋をよじ登った。
「ば・・・ば・・・ばば・・・ばかじゃねえの・・・」
岩泉の自室は二階である。拳を裏返してこつこつ窓を叩くと、ものすごい顔をして招き入れてくれた。一言そう詰ったきり、言葉がないという様子で絶句してしまう。
「前からなんとなく防犯甘いなーいけそうだなーと思ってたんだよね・・・」
脱いだ靴を両手にぶら下げ、及川がしゃあしゃあと言い放った。
「・・・だ、だ、だからって、や、やるかフツー」
「いやあ。いつか何かあったらコレしかないなと」
「な、なんて奴だ」
唸る岩泉。窓を閉めて、カーテンも引いた。遮光性のそれが月明かりを遮れば、室内は鼻をつままれてもわからないような具合だ。
「灯りがついてたら、親が来るかもしんないから」
と、デスクライトのみ点けられる。
蛍光灯の瞬きに目をしばしばさせてから及川が認めたところによると、岩泉はスウェットの上下にふわもこ素材のパーカーを寝巻きに着込んでいた。フリースっぽい薄キャメル色がくたびれて、やわらかそうだ。フカっとした着こなしをしておられるので、首やら手首がよけい細そうに見える。
「・・・何だよ?」
「・・・いやべつに」
「まったくお前は」
岩泉は呆れたように、しかしこそばゆそうに笑った。右手の拳で口を隠し、んくく、とその苦笑を噛み殺す。小動物めいていた。
「俺を女だと思ってねえなあ」
「・・・・・・」
沈黙しか返すことのできぬ及川だ。岩泉には、岩泉と及川の間にある性差を二人を隔てる壁のように捉えて、忌み嫌っている節があった。
「まー座れば、不法侵入者」
「ほーい」
窓辺にティッシュを敷いて靴を並べさせてもらってから、ベッドに並んで腰掛ける。
「寝れないの?」
と及川が伺いながら、隣の頭を撫でた。「んー」となすがままに瞳を細める岩泉に、及川は鼻の下を伸ばす。
「岩ちゃんなんかフニャってない?だいじょぶ?」
「薬飲んだから」
「あー弱いもんねえ」
「手ー見せて」
「ん?」
手のひらを上にして差し出すと、「怪我してないよね」と引かれ、ぺたぺた触って確かめられる。
「大丈夫」
「てめーの大丈夫はアテになんねーの」
「ゴメンね」
「ゴメンはあたし」
あたし?
及川は首を傾げて岩泉を見た。
「大丈夫と思ったのに、熱出ちゃった。やっぱうっかり、お前の部屋で居眠りこいたから・・・」
溜息をつきながら項垂れ、沈み込んでゆく岩泉。及川は天井を見上げた。視線が泳ぐ。
「や、俺のが、うつったって、決まったわけじゃないし・・・だったとしたら、謝らないといけないのはやっぱ俺だし」
「あたしが勝手に世話焼いて勝手に自滅したんだもん。それで、今またお前に、甘えてるな」
「や、それは」
泳ぐ及川の視線が、壁の一点で留まった。
「だって、おれ、お前の足引っ張りたくねえのに」
岩泉の声が、湿り気を帯びた。頭もどこか朦朧としている。及川の顔を見て何かの螺子が緩んだのかもしれなかった。眠らなきゃいけないのに、眠れないのだ。自分の体も心も意のままにならぬ。岩泉の喉はひくひくと震えた。
「岩ちゃん」
及川の声が重い。
「これなに」
立ち上がる。岩泉の手から、及川の手が抜けた。つるつるのベンチコートがベッドを離れ、数歩壁に向けて歩み寄る。天袋の横桟に、ハンガーでグレーのジャージが吊るされていた。サイズが、でかい。
及川が手にとってひっくり返すと、前面の胸元に、白鳥沢と校名の刺繍があった。
「借りた」
ぽかんとした声で、岩泉が答えた。
「誰に」
「ウシワカ」
「どこで」
「えっと」
考える岩泉の声を背に、及川はそのノーブルグレーをハンガーから外す。広げる。LLサイズだ。空を覆う翼のようだった。
「きのう、病院行くのに電車降り間違えて、間違えたとこの駅にいた」
「ばかだねー」
「うるひゃいな」
及川の肩が翼を羽織る。脱いだベンチコートを床に、ジーと音立てて前面のファスナーを閉めれば、わりとしっくりとまとわりついた。
「似合う?」
岩泉は、ぱちぱちと瞬いた。
その視界がぼんやりと霞掛かる。
鼻骨の奥がツンとした。
ふふふ、と意味不明の涙声で笑いが出る。
「似合わねえ」
「だよね」
及川が視線を向けると、岩泉はものすごく変な顔をしていた。
「・・・・・・い、岩ちゃん」
急いで脱ぎ捨てる。
「何て顔してんの」
「う、うう。ふええ、眠れないんだもん」
見る見る睫が塗れていく。袖で拭うのに、慌てて及川は駆け寄った。傷付けた。
傷付けようと思って、傷付けた。この人が俺で傷付くのを確かめようと思った。
及川は後悔した。いつも岩泉が泣いたり怒ったりしてから、やらかした事の重大さを思い知るのだ。報いなら受け続けている。
「あーもう今おれヘンなの」
くしくしと鼻を鳴らす岩泉を、「うん」とあやしながら抱き締めた。
うわあ。
及川は感触に衝撃を受けた。岩泉がふにゃふにゃになっている。
「い、いわちゃ」
「ふうううン」
ぐりぐりと、目元をこすり付けてくる岩泉。犬の仔かと、及川の心臓は吠えた。
「だって、お前来るなんて思わなかった」
「呼んだら行くよって言ったでしょう」
岩泉が洟をすする。
「ウシワカは、優しいし」
な、なんだって。なんだってんだ。
「あの、ほんとに、ねえ、ど、どうなってんだよそこんとこは」
「も、もっと、やなやつだったらよかったのに。なんか、優しかったの」
「・・・・・・岩ちゃん、俺わりとってーか、3回に1回くらいは会うたびに、お前は白鳥沢へ来るべきだったとか青城はお前以外弱いとかボロクソに人生否定されてんだけど」
ん、と岩泉は及川の胸で頷き、
「おれは、お前は、白鳥沢の推薦受けるのは、やめたほうがいいって思ったの」
「え、あ、うん。なんか話ズレた?」
「でも、おれ、お前と一緒の高校って思ったら嬉しかったの」
及川の手が、ぎしり、と固まった。こめかみのあたりが火を噴きそうに暑い。岩泉はふにゃふにゃとして、抱けば抱いただけ体に沿って形を変えてくれた。柔らかいとか気持ちがいいとかいう次元の抱き心地ではなかった。しぬ、と思いながら及川は口を開いた。
「だから俺が高校決める時、何も言わなかったんでしょう、岩ちゃん。あの、わかってるよ」
またたくまに乾く唇を舐めながら、続ける。
「あと、あの、推薦蹴ったのは、岩ちゃんと、ウシワカ倒すって約束したからとかじゃねーから、前も言ったけど。今ついでに念を押しておくけど。・・・言わなくても、わかってると思うけど」
「んん・・・」
岩泉は再度頷き、素直に擦り寄った。ぺっとりと、胸元に頬が押し当てられる。
「お、おれの、天使。お、おれの、おれの。」
ついに及川が壊れ始めた。
「ウシワカってさ」
「ちょ、え、あれ?またなんか、え、話変わんの?」
「うちのね、父さんと似てる感じかも」
「ぶ、ぶひぃ・・・」
及川は泣いた。確かに岩泉の親父はわりと古風に頑固な感じで、カテゴライズするなら牛島のゾーンと被るのかもしれないが。
「俺、岩ちゃんのお父ちゃんは好きだけど、ウシワカみたいな親はちょっとさ・・・」
「うん、なんかうっすら、そんな感じしただけ」
「おじちゃんは俺のことかわいがってくれるじゃん、むかしっから」
「それはお前の外面がいいから」
「心からお慕いしてますのに」
岩泉父は娘の一人称が俺なのは放置なくせに、ちゃんと挨拶するだとか、ごはんは残さないだとか、土着の神様と同じような観点でもっての教育にだけピンポイントで厳しい。及川はその点、見た目がチャラい割りに根っこががっつりと体育会系なので、ご近所の好青年として大層高得点を得ていた。得ているという実感が、及川にはあった。そして、全力で取り入ってもいた。
・・・・・・・・・その、積み上げて重ねて築いてきた信頼を、ここで、裏切るわけにはゆかないのだ。いや、合意ならば寝返りもやぶさかではないが、ちょっとまだそれは無理そうなので。
及川は、岩泉の肩に手を置いて、引き剥がした。
岩泉はなすがままにぺりぺりと剥がれゆく。
「おいかわ?」
幼子のように見上げてくる岩泉に、言い聞かせる。
「あのね岩ちゃん」
「ん」
「あんまりウシワカちゃんと、馴れ合われると、及川さん困るのね」
「馴れ合っちゃねーけど、そうか」
「夏にぶちころがす予定だからね」
「うん」
いちいち素直に頷く岩泉。
「そしたら」
唾を飲む、喉が、何かに締め上げられる。
「そしたら、その時は、俺、君に言うことがあるから」
岩泉の手が、及川の腿に乗る。日ごろから接触過多の幼馴染同士だ。慕わしく、愛しい、ぬくもりだ。
「今言えば?」
「勝たないと言う資格がない」
なんだか不安そうな顔になり、及川の足を揉む岩泉。「ちょ、くすぐったいんですけど」「うーやー」とじゃれあいながら、
「それ悪い話?いい話?」
「いい話にするように頑張るつもりだよ」
「勝負に、雑念、持ち込んでんじゃねーよ」
「ちょ、いたっ、いたたたいたいって」
どかどか腹を殴られて、及川は岩泉の手を捕まえた。
「しょうがないでしょう、夢にまで見る人の事だよ」
岩泉の猫目が、満月のようになる。
「お、おお、教えてくれるのか・・・」
「むしろ、聞かないんだねえ、岩ちゃん」
「及川のことなら何でもお見通しの力」
目をきりりとさせて、真顔の真正面から見てくる岩泉の眼力はちょっとすごい。信じてしまいそうになる。
「聞いていいことと、いけないことくらいはわかる」
「ふうん」
わかる、ねぇ。
そうちょっと上から目線の返答をすると、掴んでいた手を振りもぎって、岩泉による及川腹への暴行が再開された。
「モツが出るからやめてよ!」
と、努めて声を潜めながら、ベッド上で腹を庇いうずくまる及川に、
「んーん!」
と岩泉が思い切りかぶさってきた。
「ちょちょちょ」
背中をよじ登り、首にかじりつき、
「おい」
低い声で耳元へ、至近から呼びかける。及川は返事ができなかった。
「お前、ウシワカに妬いたろ」
及川の、唇がわなないた。岩泉の口の端が吊り上がる。犬歯が覗いた。
首から腕を放して、背中にぴたりと寄り添う。頬擦りもする。くふん、と満足げな吐息がかかった。
「女々し川。お前は焼き餅焼きだぞ。だからしょっちゅう振られるんだよ」
今度はよくよく気をつけろ、と言う。及川はやはり、どうしても返事ができなかった。
心に傷を負ったためではない。
岩泉は。
岩泉は、今、ノーブラだったのだ。
ふかふか、ぷにゅぷにゅした、正に夢のような、えもいわれぬ感触のものが、布数枚越しとはいえ、背中に。くいくいと、押し当てられて。やわらかいどころの騒ぎではなかった。
ああ、うあ、死刑にしてやろうか岩ちゃん。背中が、とける。及川は喘いだ。
「あ、あ、悪魔かきみは・・・っ」
「なに?・・・あ」
岩泉が、ふと気が付いたように、ぴたりと張り付いた及川の背へと鼻面を寄せた。ふんふん、と息がかかって、及川の及川がますますのっぴきならない感じになってくる。
「いいにおい」
「お、おあ」
「・・・シトラス?なんていうんだろ、及川のにおいする」
日本語すら忘れかけている思考をなんとか立て直し、岩泉のすこし甘みを帯びた、耳を蕩かすような声の紡いでくれる言葉の意味を考える。だめだ死ぬ。溶ける。
「じゅ、柔軟剤かな」
「・・・んーん、おいかわのにおい。おいかわの・・・」
まどろむ様にフェードアウトしていく。
「おいかわ」
「はい」
岩泉は猫のように、ころころと喉を鳴らしながら、落ちた。
及川は捨てかけていた理性を掻き集めて泣いた。
部屋が明るくて、目が覚めた。まばたきをしながら見渡すと、窓のカーテンが全開だ。はたと色々思い出すことがあり、岩泉は急いでベッドを出る。体が軽い。
部屋が明るくて、目が覚めた。まばたきをしながら見渡すと、窓のカーテンが全開だ。はたと色々思い出すことがあり、岩泉は急いでベッドを出る。体が軽い。
「ん」
頷く。体調は上々である。
牛島のジャージは、元の場所へ掛かっている。及川の靴は消えている。
「ん」
再度頷く。布団にくるまれながら夢心地に、かえっちゃうの、と問うたような気がする。岩ちゃんが寝たらね、と答えがあったようにも、かすかに覚えている。ずっと頭をなでてもらっていたことも。
「屈辱」
唸った。顔が熱くなってきた。振り切るように、ねまきを脱ぎ捨てる。用心のために朝練は見学のつもりで、しかし制服の下にジャージもセーターもしっかりと着込んだ。
「あったかい」
ぬっくぬくである。
足取りも軽く、階段を降りて洗面所へ向かった。ぱちゃぱちゃと冷水で耳の後ろまで顔を洗い、そろそろ切りたい長さになってきた髪の毛をくしけずって、居間へ赴く。母親が顔を出した。
「おはよう、母さん、もうだいじょぶ」
「あらおはよ、それは良かったこと」
味噌と出汁の素敵な匂いがただよいまくりだ。明るい気持ちで食卓に向かった岩泉は、そこでもくもくと朝食を食らっている及川を目の当たりにし、全ての思考が停止した。
父親は、及川の左側の一辺に座り、新聞を広げている。
「おはよう」
と言うしかなく、岩泉がそう言うと、
「おはよう」
「おはよう」
父と及川の双方から、時間差で返事が返ってきた。
すー、と血の降りてゆく頭を、父親に向ける。その顔も表情も、広げて立てられた新聞に覆い隠されて窺い知れない。
次いで、及川を見た。ぎこちなく、箸を持った右手を上げてよこした。
岩泉は人差し指で及川を指した。眉間がびきびきと音を立てた。なんでここにいる。
及川は壁の時計を指し、手をパーにして見せたり椅子から腰を浮かせて腕を振ったりで、そのボディランゲージから岩泉が読み取ったところによると、朝方部屋から抜け出して雨樋をよじ降りている現場を、たまたま早起きして新聞を取りに来た父親に取り押さえられたのだという。なにを思って長居したのかと、岩泉は及川の無計画さに頭がくらくらした。
しかし大声で詰るのがなんとなくためらわれ、身振り手振りと口パクで責め立てる。あほかと。なにやってんだと。
及川も同じくパントマイムで応酬する、しょうがないじゃねえかと。
岩泉父が、ばさりと音を立てて新聞をめくった。子供二人は動きを止め、息も殺した。
及川の表情は死んでいる。岩泉家、とりわけ岩泉父との間に長年の歳月を掛け、築き上げた信頼的なものが、今朝方からこっちにかけ完全に瓦解したのが伺えた。じっさい、説教も受けたし、いろいろと、いろいろと釘を刺されたのである。
「いっぱい食べるのよー」
と、岩泉母がどこまで知ってて何を考えているのか、表向きはにこやかに朝食を卓へ持ってきてくれるのがまた恐怖といえば恐怖であった。ちゅんちゅんと、庭に遊ぶ雀の声だけが底抜けに爽やかだ。
春まだ遠い、一月も半ばの、朝であった。
・・・あまりにも遠い、春であった。
おしまい
おしまい
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