「愛のへったくれ」
及川さんがオリキャラ彼女にひどい目に遭う及岩友情話です。
こういう事があったら岩ちゃんはキレッキレで「その女呼べ、今すぐここに」って言いそうだなーいやどうかなー言ったらいいなーとおもって・・・
及川さんがオリキャラ彼女にひどい目に遭う及岩友情話です。
こういう事があったら岩ちゃんはキレッキレで「その女呼べ、今すぐここに」って言いそうだなーいやどうかなー言ったらいいなーとおもって・・・
及川の元気がなかった。心配していたら部活の後、帰り道で唐突に連れ込まれた。馴染みのマクドナルドだ。シェイクを二つトレイに乗せて席に着く。及川の口数は少なかった。岩泉は口を開くまで待ってやろう、と甘ったるいのをちびちび啜る。一年がコーチにやたらビビってる話だとか、体育の授業でジャージ忘れたとか校庭裏に住んでるじいさんの犬がかわいいとか、他愛もないことをのんびり語り合ううち、ふと間があって、及川がついに打ち明けた。
「浮気されてた」
「はあ!?」
声が裏返る。
「誰に」
馬鹿な質問もする。
「彼女に決まってんじゃん」
彼女ってどの。と、口から出かけて流石に飲み込むが、実際顔と名前が浮かばない。一度は見て聞いているはずなのだ。しかしころころ変わりやがるので咄嗟に断定ができない。浮気か…どっちもどっちな気がするぜ、と岩泉の頬に一筋の汗が流れた。
及川は一応誠実だ。浮気も二股もかけない。それでいて一応などという枕詞がついてしまうのは、別れたと思ったらすぐ次に行くからだ。岩泉からすればロマンもへったくれもあったもんじゃねーなと思う。そこに愛はあるのかと。
「月曜進路指導でちょい遅くなる予定だったんだけど、担任にドタキャンされてまいっかって帰ったのね」
「一昨日じゃん」
「んでコンビニ寄ったら知らない男に肩抱かれてんのね…」
「は、鉢合わせかよ」
「ううん隠れた。そして追けたよ」
「……」
「なんかアパートみたいなとこ入ってったからさ…メール送ったら、今予備校だって……」
「………」
その後及川が笑いも泣きもせずに訥々と語ったところによると、年上の元彼と切れていなかったのだという。それでいろいろと話し合いを試みた結果、そもそも元彼に走ったのは及川のせい→及川が寂しい思いをさせなければ私こんな事しなかったししたくなかった→ていうか後を追けるとかストーカーじゃん最低→最低!謝ってよ!←今ここ
「それでね岩ちゃん。別れるふんぎりはもう完全についたんだけど涙も出ねえのよ」
及川のシェイクは全く減っていなかった。伏せた目には感情の色がない。その目が、ずっと机を見ていたその乾いた視線が、自分のコップを見、次いで正面にいる男友達のコップへ移った瞬間、揺れた。
階段を二段分は踏み間違えたくらいに揺れた。そこから視線が流れかけてまた二度見である。
紙コップは完全に握りつぶされていた。中身が無かったのが幸いと言える潰れ方で握った手がパーフェクトに拳の形になっている。「めしゃあ」とか「ごしゃあ」とかいう効果音が漂いそうな無残だ。
えっと。
今度は及川の頬を汗が伝った。ゆっくりと、顔を上げる。岩泉は真顔だった。ただ眉間の皺が海溝並に深い。
「……おい」
呼ばれて、及川の肩は揺れた。
「は、はい」
「その女、呼べよ」
「は、はい。え?」
岩泉は拳を解き、太い人差し指をぐっと机に押し当てた。そこが凹むんじゃないかと心配になるような、指関節に満身の力が篭った「ぐっ」であった。
「その女、ここに、呼べよ。」
一単語づつ区切って、ゆっくりと、岩泉は言った。
及川の総身が、どっと汗で濡れる。
イヤ、とかイエ、とか細かく震えながら拒みかけると、「まあそれは嘘だけどよ」と岩泉が指を退き、ほーっと安堵の溜息が出た。
及川が心臓をばくばくいわせながら見守る中、岩泉は目を閉じた。腕を組む。
「あのな」
と告げる。
一々がとてもゆっくりで、恐い。
「女を、選べよ」
はい、と及川は頷いた。
その態度の何が気に食わなかったのか、岩泉の口の端がぎりりと歪む。覗く犬歯に及川の背筋はおののきまくった。
あのな、と、また、殊更にゆっくりと岩泉が口を開く。
「マジでムカつくからほんとやめてくんねえかな」
ごめんなさい、と言ったら殴られる気しかせず、及川は血管の浮き出る岩泉の腕を黙って見ていた。腕を組んでいるのはこれを開放するとお前を殴ってしまうからだよ、そう顔中の穴という穴から血の噴水が上がるまでな。と、その血管が語っていた。
しばし沈黙してから、おもむろに、岩泉は両手で顔を覆った。
はああー、と具合悪そうに溜息を吐き出しているのが聞こえる。
「岩ちゃん?」
おそるおそる尋ねると、
「ムカつきすぎて、なんか本当に気持ち悪くなってきた」
一転、弱々しい声で言うので、及川は半泣きでその上半身に取り縋った。
「うわあああごめーーーん!!!なんかごめん岩ちゃんホラなんかサッパリするの飲む?コーヒー飲む!?あれーー!?ごめんーーー!!!」
20分後。
岩泉は黙々と2つ目のバーガーを咀嚼していた。
なんで二股かけられて振られた慰められるべきこの俺が奢ってるんだろう。
眼前の情景を虚ろに眺めていた及川が、ぽつりと素朴な疑問を口にする。
「なんかおかしくない…逆じゃない…?」
途端、牛も殺せそうな視線で黙らされた。
「慰めてくれないんだね、岩ちゃん…」
岩泉の顎が斜めに傾いて反らされた。見下ろしてくる目には血を吸った剣のような殺意が宿っている。
「及川くんカワイソー。クッソみたいな女掴んでマジカワイソーちょっとお勉強が足りなかったかなー今までこういう事がなかっただけでもラッキーだってわかったよねファイト」
「もういいよお!」
座席の上で暴れる及川の頭に、岩泉の両手が伸びる。髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。
「マジでちゃんと選べよ」
あああどんだけ選んだって、岩ちゃんみたいな人なんていやしないよ。ロマンもへったくれもありゃしない。それでも確かに、愛はそこにあるのだった。
おしまい
おしまい
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