凝ったデザインの黒いスニーカーが脱ぎ散らかされている。
阿含さんいるよ・・・。
招き入れられた玄関先で、それを目撃した一休のテンションは一気に落ちた。
日曜でもここで過ごすことってやっぱあんのか。あんまり寮の中で姿を見ないから、出っぱなしなのかとなんとなく思い込んでいた。
冴えない表情で履き潰された阿含の靴を跨ぎ、おじゃましまっすと挨拶しながら自分も靴を脱ぐ。
「辞書って、国語辞典でいいのか?」
一休を入れてやってから室内に向き直り、本棚に並ぶ背表紙を確認しながら、ぴんと姿勢よく直立した雲水の背が言う。
「はい。あと、英和と和英もできれば」
雲水は半眼で一休を振り返った。
気まり悪くて笑うしかない。
「一休、宿題があるとわかってるんなら持ち帰れ」
「ごめんなさい、気をつけます~」
今度は拝むしかない。
それはそれとして、阿含さんの姿が見えない。
たるんでいるぞ、とぶつぶつ言いながら、腰に届く高さの本棚前に跪く雲水。漫画や文庫などの娯楽書籍のたぐいが全く見当たらないのが非常に「らしい」。アメフト関連のガイドブックや雑誌のバックナンバーが、なんとか健全さを漂わす。
ぐるっと見渡すと、ああ、なんか、もしかしてアレ寝てるのかな。
万年床かと一瞬思ったが、いかにも几帳面な雲水が、朝練の後も布団を出しっぱなしにしておくはずがなかったんだ。一見して平らに見えるようだが、人が中で横臥していられなくもない膨らみ方で、眼を凝らして見れば確かに微かに布団が上下している。
起きてこなくていっすよー。
雲水に辞書を借りにきたと知れたら、何か傷つくような事を絶対一言は言うに違いないんだこの人。もっと下手に機嫌が悪けりゃ足が飛んでくる恐れすらある。それは避ける自信があるけれど。
「一休、これでいいか」
「ありがとうござ」
布団が動いた。
密かにそこに注目していた一休は言葉を止める。
雲水は言いさして切った一休を不審に思い、その視線を辿って背後を振り返る。布団がうごめいている。
「阿含」
雲水は静かに呼びかけた。
こんな時に何なんだが、美声の類であると思う。
「起きたのか」
「・・・・・・うーんす~~~い」
非常にレアな阿含の寝惚け声である。面白いものを聞いてしまったかもしれない。一休は前向きに考えた。
寝起きで掠れた阿含の声が、布団の向こうから続く。
「ハラぁ減った」
「食堂の冷蔵庫に朝食、取ってあるぞ」
「・・・・・・食いたくねー」
「腹が減ってるんだろ」
「・・・おカユつくって~」
一休は腹筋にかなりの衝撃を受けたが耐えた。
「・・・・・・何をぬかす」
「うんすいの作った卵がゆしか食べたくない」
かわいいところもあるんすね。かわいい以上にめんどくさいっすね。
「実家じゃないんだぞ、作れるか」
「じゃあなんかフルーティーさが欲しいな」
布団はもぞもぞしている。二度寝するか決めかねているのであろう。
「みかんがあるぞ」
雲水が言うと、みかんーと間延びした声と共に、にゅうと浅黒い腕が布団から横へ伸びた。わきわき指が動いている。
雲水は、半端に受け取る形に差し出したまま固まっている一休の手に、3冊の辞書をずしりと置いた。一休のものとは出版社が違って、やや分厚めで装丁も重々しいそれを胸に抱え、一休は退出のタイミングを伺う。
しかし、声をかけるより先に雲水は一休に背を向けた。何食わぬ感じで歩いていって、床に置きっぱなしで壁に寄せてあったダンボール箱の中から蜜柑を取り出す。あれは先週、実家からたくさん送ってきたとかで、西蔵が部の皆におすそわけしてくれた蜜柑だ。一休は昨日までに完食した。
「ほれ」
と翁のような声と共に、阿含の手に蜜柑を握らせる。が、それはすぐに放り返された。
「むいてぇ」
腹筋を襲い来る第二波。一休の体はくの字に曲がった。
布団の脇にしゃがみ込んだ雲水は、阿含のよこした蜜柑を拾い、
「いい加減にしろ」
と呆れた声で言った。
「一休も呆れているぞ」
きゃああああああああああああああ
一休の内心の悲鳴は絹を裂くよう。
むっくりと、アメフト部監督をして鬼神と云わしめる才の男が身を起こした。音も無くだ。こわいよう。ゴクウの言う通り雲水さんは諦めて、他に誰か真面目に辞書を持って帰ってそうな人を探せばよかった。
「・・・・・・何しに来たてめえ」
「辞書借りに」
「ほら阿含」
雲水さん剥かなくていいよ!!甘やかしすぎだあんた!!!
阿含は雲水の差し出した、剥き身の蜜柑から顔を背け、
「いらねえ」
「そうか。一休食べるか?」
と雲水が差しだした時にはもう、その掌から蜜柑は消えていた。阿含が二つに割って豪快に食っている。
雲水はそれを横眼に確認して溜息をついた。何なんだこいつと言いたげである。とても仲良しだ。
「ありがとでした、失礼しました~」
どさくさで一休は部屋を出た。無傷で済んでほっとした。
半ば放心状態で部屋に戻りながら心の日記に書きつける。
阿含さんはオレが思っていた以上にブラコンでした。
おわり
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でも、ほかの人には見つけられないのに、雲水だけはすぐに阿含を見つけちゃうってのもどう?(阿含はもちろん神速)お互いに「お前がいるとかくれんぼつまんない」とか口では言うくせに、ほかの子どもには「雲水(阿含)いないと見つけられないだろ」とか言って絶対二人で参加するの!
しまった、脳物質の関係で後から読んだ方から先に反応してしまった…。改めて↓
甘えっこめぇぇぇぇぇっっ!!一休のポジションってうらやましすぎる!そんな阿含を目撃したい!甘やかす雲水も!っていうか、雲水に甘やかされたい!!!
ハァハァ、息が苦しい!不整脈になったらマナコさんのせいだわ。いや、阿雲か?
雲水が「しょうがないな。自分でやれよ」とか言いながらやってあげるから甘えちゃうんだよ~。ダメだよ、やらせないと!阿含は雲水の小言が睦言に聞えているんだね…。まあ間違ってはいない。
そんな朝の「ダーリン・ハニー」タイムを一休は邪魔しちゃダメ!もっとこっそりカメラを仕込むとかね!!次回からはよろしくお願いします。一休天才だからできるって信じてるv
甘えっこな阿含が普通だから人前でもナチュラル対応な雲水…ちょっとはツンに見せたい阿含のテレ屋さんぶりに陥落しました。
最近、神龍寺の寮に入っているのは全国から神龍寺に入るために集まった地方人が含まれている、というグリーンウッド妄想があったので西蔵くんの実家が愛媛だったら楽しい~。なにかと仕送りを巻き上げられる人々。でもなにかの折に阿含から見返りを徴収する強者がいてもいいな!…雲水が代わりに支払いそうだ。
阿含とはいえ、二人きりだと思って無防備にゴロゴロしてたのに、実は見られてたらなんか気まずいよ!でも気まずいのを表に出すのもカッコ悪い気がして、特に一休につっかかることもないので、被害は阿含のプライドがちょっと傷んだだけで済むんだよ!
そんな話です。
阿雲は不整脈の原因だよ・・・あいつらドキドキだよ・・・
小・中・高・大とドキドキさせられっぱなしだよ。
カメラなんて仕込んだらちょっと!もっとこてこてに仲よし・・・っていうか気持ち悪い双子が見られそうでそんなの!そんなの!!みたい
グリーンウッド設定いいな~!!神龍寺なら全国から集まっててもおかしくないない!スカウトとかありそう。帝黒もだけど、神龍寺は学費免除だし関東だし。
そ、そういえば、ナチュラルにさんさしおんさんの設定(寮暮らしで双子同室・一休ゴクウ同室)を使わせていただきました・・・私の頭の中で違和感なく公式設定になっております。
神龍寺は全寮制かなーと。
あー雲水は代わりに支払っちゃうよ!(笑
小さい双子がかくれんぼをして、阿含が鬼だと雲水はすぐ見つけられるのに、雲水が鬼になると阿含がなかなか見つけられなくて、どうしても見つけられなくて、日も暮れてきて、意地より不安と心配が大きくなってあごん~あごん~~!言ってる雲水の心細さがピークに達したところで阿含が飛び出してくればいい(長い)