阿含はあんまり足が早いので、手をつないで走ると雲水はいつも引きずられた。雲水とて学年で2、3位には入るほど速いのに、しかし阿含と並ぶには全くとろすぎて自分だけ水の中で歩みを進めているようだ。
土くれの中をいつも引きずられて靴をぼろぼろにしながら、しかし雲水は繋いだ手を離さない。仲なんて良くなくても双子は手を繋いで走るものなのだ。
阿含は当然のように雲水の手をつかむ。雲水は引かれるままに傷をこさえながらようようついてゆく。十になっても十二になっても、十六の歳を過ぎてもなお、双子は手を繋いで走っている。
阿含は振り返らない。転んだ兄を引き回しながら肩で風を切り飛んでゆく。見ずとも兄の様子なら知れている。血みどろの苦痛に耐えて歯を食いしばっているに決まっていた。
偶に阿含の手が緩む。すっぽ抜けそうになる手を、雲水は慌てて両手で掴みしめ縋り付く。見ずとも阿含の様子なら知れている。遠くにある眩いものに呼ばれて、面倒くさそうな顔をしていよう。
もう十八になろうという年のある夜のこと、就寝の準備を整えた雲水は消灯した部屋の中で阿含に言った。
「明日から手を繋ぐのはやめよう」
阿含は携帯で競馬情報を見ながら「ふうん」と生返事をした。
翌朝、雲水はいつものぼろい靴を履いて阿含を待っていた。揃いの靴を履いても並んで走れるようになるわけじゃない。子供の時分からもうわかっていたことだ。
雲水は阿含の隣にいた。走っても走っても死に物狂いで横にいた。やたらと嬉しそうだった。
「阿含、走るのは楽しいな」
命を燃やし尽くして倒れる間際に雲水は言った。
遠くにありて傍らにあるものに目を細めていた。
PR