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2025/01/10 (Fri)
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2010/10/13 (Wed)
「光あれ(梅沢と宮田)」
Comments(0) | 一歩(その他)

土下座のその後設定で、梅沢と宮田の遭遇捏造話。











    光あれ







瞳は力に飢えて輝いていた。
リング上でのみ彼に宿るその光は、たとえファインダー越しであっても霞み揺らぐことはないらしい。書店スポーツ雑誌コーナーの一角、探していた顔を見つけた梅沢はつい目を奪われた。
華々しくはない。
サブメイン的な扱いと言おうか、表紙面の10分の1ほどのPR文句と顔写真。
一歩、と心中で呟き、梅沢は口を綻ばせた。
ボクシングファン、雑誌名が掲げられた下方にひとつ、見知ってはいても共には歩けぬ友の顔がある。
頑張ってるなあ、元気だよな。
頼むよ勝てよと念じつつ、その雑誌へと手を伸ばしかける。
すいと何かが追い抜いた。
梅沢の眼前、細くも骨ばって関節の目立つ手が指が、目当ての雑誌を摘み上げようとする。
残部は見当たらない。梅沢は思わず声を上げていた。
「おい、俺のだ」
俺が買うんだよ。
こればかりは譲ってやれないと、喧嘩早く後先を考えぬ性格が前へ出た。
細いが厳つい手指の主は、切れ長の目で梅沢を見た。梅沢より頭半分ほど背が高い。
上方から細めた目で梅沢を観じつつ、しかしごく物分り良く手を引く。
梅沢は目を剥いた。口も開いた。
次いで、汗が眉間へ滲んだが、それに気付いた訳でもなかろうに、雑誌から指を離した男は黙ってその場を退いた。
「待てよ」
上擦った声で、梅沢は呼び止めようとする。
「待ってくれ」
男は立ち止まりも振り返りもしない。
「俺は、一歩の」
一歩の、そこで何と言ったものか思わず考えて喉を詰まらせてしまい、梅沢は焦りに歯噛みする。
男が、ふいと振り向いた。雑誌やテレビで見知った秀麗な顔だった。
梅沢の噛み締めた歯の根が微かに鳴った。
一歩は。
「一歩とは、中高一緒で」
むかつく奴だった。
戦う事を知らぬ卑屈な姿勢が鼻について仕方なかった。
一発も殴り返してこなかった。臭い虫のようだと何度も罵ったし心からそういう存在だと思っていた。臭い虫は魚の餌であり、彼にとっては忌むべきものでない。だからたまに罵られても意味を取り違えたような顔をする。憎くはないが、苛立たしかった。
「オレは何度も殴ったし、ひでえことも言ったけど」
人気の無い平日の店内、汗の浮く感覚は額からこめかみにまで広がっていく。梅沢の言葉に宮田一郎は、僅かに眉を寄せたようだった。
「一歩は結局一発も殴り返してこなかったよ」
小声は上擦り震えていた。自分が何を言っているのかよくわからなかった。
「当たり前だよな、プロで、チャンピオンだもんな。気がついたらもう、殴ってくれなんて、一発でも思い切り殴ってくれなんて言えなくなっちまってたよ」
いつ去ってもおかしくない姿勢と風情のまま、宮田は黙って梅沢の独り言に近い吐露を聞いている。
鋭い視線に気圧されて、益々声が震えるのに構わず、梅沢は続けていた。
「だからオレは、ずっとあんたらが羨ましかったんだ」
心の支えになれていただろうか。
家業の手伝いを買って出た時は何度も頭を下げられた、泣かれもした。
そうして築いてきたオレとあいつの絆は何なんだろう。オレはあいつの何になりたい?
叶うなら望む事はひとつ、到底無理な、しかも漠然とした願いがひとつある。
「殴り合ってみたかったんだ」
きっとあいつの言葉にならない真の姿も光も闇も、自分には見ることが叶わない。
「なのにあんた、なんで逃げた?」
オレはずっとあんたらが、あんたが羨ましくてどうしようもなかったんだ。
唐突に胸からせり上がってきた切なさに口を噤む。
もう言葉が見つからなかった。
宮田は10秒ほどか、口を開く気配も見せぬまま梅沢を静かに見下ろしていた。
やがて彼は視線を逸らし、踵を返した。
去っていく。
去ってしまった。
何を口走ったのか。
やっちまった、梅沢は喉の奥で低く唸った。
右手に掴んだ雑誌には、表紙に汗が滲んで皺が寄っている。
宮田の去った扉を見る。自動ドアは既に閉じて、眩しい日中の外界よりも店内の蛍光灯を映している。名残など欠片もない。
白昼夢かと思いきや、戸棚の陰からのぞくレジの店員が、ちらちらと手元とこちらを見比べて、ああ気にされている不審人物。
やや筒状に丸まった跡のついた本を広げる。
瞳は力に飢えて輝いていた。
オレの幕之内一歩。眩しくて誇らしい。少しだけ寂しい。
彼が遠くにいるからではない。自分が彼のもとまで行けない、それが切ない。
少しだけ、
と思い出す。
睫毛までかかる前髪の下、顰められた柳眉と鋭利な目元。
少しだけ、何というか、わかってる、わかる、同じだと、あの目がそう言っていたような気がした。
道は既に分かたれたのだと。
(いや気のせいだ。いくらなんでも宮田くんとオレじゃ、アレだ、種類もレベルも違うというか)
でも、と梅沢は項垂れる。
オレもわかった気がしたな。
あんたにとってはあんたの一歩なんだろう。
眩しいだろ、誇らしくて寂しくて切ねえんだろ。
わかるような気がするな。
気がするだけかもしれねえな。






きつめの陽光が降り注ぐ商店街の一角、書店の軒先で梅沢は手にした紙袋に語りかける。薄茶で荒い手ざわりの外装越しに、友人へ。
「お前も罪な男だな」
呟いてから、重い袋を揺らして歩き出す。
初夏である。
店内から漏れる冷気、それに軒の日陰から離れてしまうと、足元のアスファルトから立ち上る熱気でたちまち背中に汗が浮く。
紙袋の中身はボクシングファンと、仕事先の作品が掲載された本誌に同出版社の他誌数部。さらに資料にと買い付けた4輪と2輪のカタログ誌、これがかさばる。丈夫ながらも細めの持ち紐が、手に食い込んで歩を鈍らせた。
重い足取りでややゆっくりと、荷を持った方の半身へ傾きがちになりながら、梅沢は歩く。
彼が行く道の先を、白昼の光が目が痛いほどに眩く照らしていた。


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