「夕餉を摘む太い指(鷹村+寛子)」
鷹村と寛子の話。
鷹村さんを御し得るのは会長と、あと京香さんくらいでしょうが、
母ちゃんにも特別(ほぼ無意識に)頭が上がらないと楽しいなあ!
と思いつつ書きました。
放浪後の
「ここんちのメシが一番うめ~なあ」
「上手ねえ鷹村くんは」
「上手なのは母ちゃんのメシだって」
な遣り取りが…たまらなくて。
鷹村さんが一歩ん家でご飯食べてるシーンて2回
(釣り話入れたら3回…か…?)
くらいしか無かったと思いますが、
常にあがりこんでるイメージがあります。
鷹村と寛子の話。
鷹村さんを御し得るのは会長と、あと京香さんくらいでしょうが、
母ちゃんにも特別(ほぼ無意識に)頭が上がらないと楽しいなあ!
と思いつつ書きました。
放浪後の
「ここんちのメシが一番うめ~なあ」
「上手ねえ鷹村くんは」
「上手なのは母ちゃんのメシだって」
な遣り取りが…たまらなくて。
鷹村さんが一歩ん家でご飯食べてるシーンて2回
(釣り話入れたら3回…か…?)
くらいしか無かったと思いますが、
常にあがりこんでるイメージがあります。
夕餉を摘む太い指
少し端の焦げた、鮮やかな朱色の尾をつまんで、あんぐと上向いて大きく開けた口へ頭から落とす。
小振りながらも、見るからに卵と油を品良く含んでカラリと揚がったそれを一口に頬張り、鷹村は無言で咀嚼した。
「うむ」
じつにうまい。
もうひとつ、と手を皿へ伸ばしたところで、丁度振り返った一歩の母と、視線がばっちりカチ合った。
寛子は、上げたての天ぷらが並べられた網乗せの皿と、妙に真剣な表情でそれへ親指人差し指を摘む形に丸めたまま伸ばしている鷹村を、虚を突かれた表情で見比べた。
鷹村は寛子が無言の隙に悪びれも無く、もう一尾摘んで口へ入れる。
むっしゃむっしゃと味わいつつ、親指を立てて見せた。
「うめえぞ母ちゃん」
寛子はやはり無言のまま、ぱちぱち爆ぜ音を立てる天ぷらの鍋を背後に置いて、右手にした菜箸を僅かに前へ突き出した姿勢のまま、まじまじと鷹村を見つめている。
鷹村のこめかみあたりを、汗が一筋滑り落ちた。
鷹村は寛子の怒った顔を、未だ目撃した事がない。
彼女の息子である一歩が無茶な運動をして体を痛めた際など、強い声音で注意しているのを見かけた事はあれど、本気で自分へ向けて怒気を発せられた事は、知り合ってから今日まで一度として無かった。
寛子は鷹村に寛大だ。
我が家でもない後輩の自宅で、かなり傍若無人な振る舞いをしても、「産む手間省けてもう一人息子ができたみたい、それも面白くてでかいの」と歓迎してくれる。
懐の広ぇおっかさんだと思ってたが、もしや遠慮が無さ過ぎたか?
流石の鷹村もちょっと焦った。
怒られるかもしれないと思うと肩が強張る。
寛子はまだ、動かない。
呆然と言っていい様子で立ち尽くし続ける寛子に、鷹村の焦りが不安へ変わり始めたところで、寛子はようやく静止を解いた。
「やだあ」
と、笑う形に口を開けて、寛子はアハハ、と可笑しそうに小さく声を上げた。
「やだわ、鷹村くん」
「・・・・・・」
おう、と一応答えてみたものの、鷹村の心中は不審と疑問と焦りで少々複雑だった。
しかしどうやら怒ってはいないらしい。
驚かせやがって、と鷹村は肩の力を抜く。
ぱちぱち、と変わらず背後から聞こえ続けていた天ぷらが揚がる音に、あらいけない、と寛子はようやく気付いて、慌ててコンロの火を落とした。
そうして指の油を舐める鷹村へ向き直って、
「ねえ、一歩ねえ」
話しかけてこられたものだから、このまま如何にして後腐れなく機嫌を損ねず退散すれば、自然にこの後の夕食の席に混ざれるだろうかと考えていた鷹村は、また少し肩をいからせた。
「あの子、妙にお行儀いいでしょ」
「んー?おう」
「ね、つまみ食いとかあの子、全然しないのよ」
「・・・・・・」
責めているのかと鷹村は思い、若干渋い表情になりつつも、この母には無下に逆らえず、一応は頷いてやってみる。
「ほんと、そういう所は違うのね」
貼り付いたような母親の顔でいう寛子に、鷹村は不審げに眉を寄せた。
「は?」
何が違うって?
鷹村が凄んだので、寛子は微笑んで見せた。若干照れたように目尻へ皺が寄る。
「あの子の父親がね、よくしてたのよつまみ食い。目を離した隙に、揚げ物でも煮物でも、手でよ、いっぱい摘ままれちゃって」
「へえー」
寛子は鷹村の前に置かれた天ぷらの皿を取り上げて、「おかず、無くなっちゃうじゃないの」と嬉しそうに言い、コンロの鍋へと向き直った。
「やっぱり一歩は母ちゃん似だな」
鷹村の台詞に、うふふ、と吹き出しながら寛子は、やや焦げ色の濃くなった天ぷらを皿へ盛る。次は海老でなく芋と南瓜のようだ。
「あの子なら、つまみ食いでもいただく前には合掌していただきます言っちゃいそうだからねえ。お行儀良いのはいいんだけれど、少しは鷹村くんみたく、豪快になってくれてもね」
「うむ」
と鷹村は頷いて、オレ様の影響力をもってしてもアイツの小物根性はなかなか、とぼやきつつ、こそこそとした足取りで寛子へにじり寄った。
その左手に乗せられた大皿の、揚げたての芋の衣の端を、あち、と唾を飛ばしながら摘み取り、慌てて分厚い己の左掌へ放る。
「あちち、あち」
右手へ投げたり左手へ投げ返したりして空中へ熱を逃がす事数回、鷹村は大口を開けて、まだ衣もさくさくのそれを放り込んだ。
「うめ」
思わずにんまりと笑う。
そうして、色が褪せ過ぎて白茶けてすらきたジーンズのポケットへ両親指を引っ掛け、鼻歌交じりに茶の間へ引っ込もうとして、
鷹村は足を止めた。
視界の端で、寛子の肩が僅かに震えている。
菜箸を脇へ置いた右手で目を覆い、疲れたように俯いていた。
殴り合いで世界を獲った男をして「母ちゃん」と言わしめる、幕之内家の女主の肩は細い。
けれど震えはすぐに止まった。
鷹村が凝視し続ける中、寛子は顔を覆った手の下から、深くて長い息をついた。
はあ―――――――。
「母ちゃん」
「やだわ、もう、本当」
寛子は目へ当てていた右手を耳の後ろへやり、そこを居心地悪げにぽりぽりと掻いた。
そして微笑んで見せたので、鷹村は脱力して背を曲げる。
容姿が似ている訳では決してない。
息子の一歩が生き写しである寛子の夫は、性格こそ喧嘩っ早い熱血漢だったが、体躯の大きさは縦にも横にも控えめだった。
でも、と寛子は考える。
つまみ食いする人って、みんなこうなのかしらねえ。待てないのね。熱いのわかってるのに、お手玉なんかして、子供なのねえ。
懐かしいわ、と思ったら、また少し、目が熱くなったような気がした。
「貸すか?母ちゃん」
言って、鷹村は両腕を肩幅よりやや広めに広げた。
「本来ならばオレ様の胸は20代美女限定なのだが、特別に無料にしといちゃる」
寛子はぽかんとして鷹村を見た。
「あらまあ」
鷹村は真面目な顔をしている。
一宿一飯の恩てヤツかしら、あらあら―――
可愛い子ねえ、とふと思い、その言葉と眼前の男が周囲から得ている評価のギャップに、思わず寛子は苦笑した。
「あのね、ウチの人の得意技は、ショルダーアームブリーカー」
寛子は余裕の笑みで言う。
「腕折られたくないでしょ?」
それは何とも慈愛に満ちて、それでいて誇らしげな女の顔で、鷹村は、不覚にも、思わず言葉を失った。
寛子は天ぷらが山盛りになった大皿を右手に捧げ、三人分の湯呑みを器用に左手の指に絡め、あらもうすっかり夕方じゃないのと囁きながら、鷹村の隣をすり抜ける。
確かに窓の外は赤かった。
もうそろそろ板垣を従えて、一歩が船から戻る時刻だ。
「鷹村くん、悪いけど、お湯呑みもう一つ取ってきてくれない?」
鷹村は未だ広げたままの両腕をやっと下ろし、「おう」と渋面で頷いた。
意見したいことは色々あったのだ。
しかし何故か、逆らってはいけないという気が強くしていた。
「まあ、ここのメシうめえしよ・・・」
と自分を納得させるべく口内でぶつぶつ呟きつつ、鷹村は流しにあった湯呑みを手に取る。
と同時に、天ぷら鍋の脇に置かれていた、昨夜の残り物と見られる筍の煮物を2、3切れ、さり気無くまとめて掠め取った。
「うめえ」
ぼりぼり口を動かしながら湯呑みを運び、鷹村はそのまま上座へ胡坐をかく。
寛子はそっと苦笑して、鷹村の前へ茶を満たした湯呑みを置いてやった。
「わ、おいしそう」
「ですー!」
茶の間の卓上に置かれた天ぷらの大皿に、一歩と板垣は顔を輝かせた。
一仕事を終え、慌しく着替えて食卓についた一歩の横では、鷹村が既に丼飯に天ぷらを乗せて味噌汁と一緒にかっこんでいる。
「今お箸用意するからねー」
「ありがとうございます!」
台所からかかった女社長である寛子の声に、嬉々として板垣が答えた。
「母さん、いっこ摘んでもいい?」
控えめにお伺いをたてる息子に、急須に湯を足しながら寛子は笑う。
「いいわよ」
わあい、と一歩は喜んで、
「いただきます」
皿へ手を合わせた。
板垣はその様子を見て自分も習う。
「いたがきます!」
そうして同時に皿へ手を伸ばした二人は、ふと視線を感じて顔を上げた。
丼の向こうから鷹村が、その更に向こうの障子の影から寛子が、じっと目を見開いてこちらを見つめている。
「な 何?」
一歩はうろたえた。
板垣はとりあえず、摘んだイカ天を口へ入れた。
このあたりのちゃっかりさ加減の違いが、一人っ子と下に妹を持つ兄との差なのかもしれない。
寛子は軽く噴き出した。
「なんでもない」
鷹村もふん、と盛大に鼻を鳴らしてから、
「わかりやっすいな、てめえは」
と一歩を箸で指し、
「おい母ちゃん、当たったじゃねえの」
「そりゃ親だもの、把握してるわよ」
「え、何なに、え、なに?」
おろおろと芋天を摘んだままうろたえ、一歩が母と鷹村を見比べている隙に、板垣は皿からもうひとつイカをつまむ。
家族団欒てな感じですかねえ。
まだ熱い天ぷらの味にほくそ笑み、板垣は傍らに寝そべるワンポの頭で、指についた油を拭いた。
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