想望なる唯一なる遥かなる
かわいい後輩を慮る目を声をしていた。
応えたかった。応えられなかった。笑って頭を下げた。本当なら泣いて縋って何度も振り返り立ち止まり、越した先で落ち着いたらすぐに出す手紙の文面を考えながら歩く筈だった。覚えは無いが、多分あの時にはもう、腹の底で決めていたのかもしれなかった。
一度でいい。いつかでいい。泣いても血が出ても何に踏まれて潰れてもいい。嫌われてもいい。ボクサーになる。ボクはあなたと戦うためにボクサーになる。
初めての試合は辛かった。痛かった、泣けた、どうしようもなかった。わけがわからなかった、ボクシングは好きでしようがなくなってた、吐いた、また泣いた。誇るということの意味を知ったように思う。
聞いてください、ボクには多すぎるくらい大切なものがある。語れば尽きない愛がある。裏切りました捨てました、殺し失い断ちました。先輩。
先輩。
先輩。
先輩。
一度でいい。いつかでいい。
あなたと戦うためにボクサーになる。
自分でもおかしいなあと思う。笑えるようだ。ハンマー。金槌。鉄槌。光栄でもある。もうゲロ道でも山田くんでもないんだなあ。
山田くんには、戻りません。先輩。幕之内先輩、あなたは王者でベルトでボクが上るリング上に居るただ一人のボクサーだ。
慮る眼をしていた。
応えたかった。
笑って頭を下げた。
彼の拳に抉られて、右脇腹はいつまでも痛んでいた。
電話でも手紙でもよかった。
いつでもまた会える筈だった。
何度も受話器を取っては置いた。
きっと生涯ただ一人、追い続けたい背中を見る眼には血が充ちて涙乾いて、振り降ろす、この鉄槌を、受け止めてくれる時に貴方がボクを見返すその眼には何が宿っているのだろう。
一度でいい。いつかでいい。
それがボクを、ボクの拳を、強さを求めるあなたの目ならいいと、他には何もいらないとそう思う。
PR