泣くも男で泣かぬも男、ゆくがあしたの桜道
背中越しに聞こえる嗚咽に、木村は憂い顔で深く息を吐いた。
「てめえが泣くな」
うるせえ、と可愛げもへったくれもない応えが背後から返る。
「おめーが、負けるからいけ、ねーんだろう。お、思い出し、ちまって」
鼻水を喉に詰まらせながら、青木はしゃくりあげていた。
とぼとぼとした足取りは木村の後を追うばかりで、大の男の、それも仮にもプロのボクサーの歩みとは思えない。
「情けねえなあ、ビイビイ泣きやがって」
「びーびーなんて、泣いて、ねえーよ」
「詰まってんじゃねえか鼻」
「木村あ、ティッシュ」
「知らねえ」
しばらくして、手鼻でかむ音が聞こえた。
「おまえ、触るなよ」
「冷たいぞ、ちきしょお」
そう呻き、後ろでまた涙ぐみはじめるのに、木村は再度漏れそうになる溜息を噛み殺す。
「うざってえなあ」
暗い声音にはしかし、非難めいた色は出なかった。
「ばかやろ、おまえが負けるから悪いんじゃねえか。思い出し、ちまって」
ううううう。
くぐもった声が夜の風に流されて溶けて消えていく。
3Rかあ。
「全力を尽くしましたよ」
「わかってら」
ぐすぐすと、袖で顔を拭う音。
「なんで、おまえまで、負けんのよ。ンなとこまで一緒しなくてもいいじゃんよお」
「付き合いで黒星並べたワケじゃねえよ!」
「わかってるよ!くそう」
おまえが勝ってたら、と青木は洟を啜った。
置いてかれたみたいで悔しくて悲しくて、わりと今頃腐ってたんじゃねえかと思うんだよ。
ほっとしてんだよ。安心だよ。なのになんでか泣けてくんだよ。
言葉にはならないまでも溢れたがる気持ちがぐずぐずと口から鼻から洩れて、転々と川沿いの土手に黒い染みを残していく。
青木が泣くのを見るのは久しぶりだと木村は思った。
元々感情型で、突っ走って感極まってはすぐ涙にする奴だった。しかしそれも小学生の中高学年あたりまでの話で、それっきり男の涙だなんて。
ボクシングかあ。
えらいもんにハマったのかもしんねえ。
何しろ青木が泣いている。
俺もそのうち泣くとこまで行っちまうんだろうか。想像がつかない。
青木も負けた。
つい先月の新人王戦、序盤も序盤の1回戦で、涙ぐましいほどの泥仕合。
直情型の性格に相応しく、つっこんで合わされて引っくり返されて、踏ん張ったけど返す手が無くて、腕振り回しちゃ遊ばれてで判定負け。
敵取ってやるって言ってはみたけど、やっぱダメだったなあ。
「なんで、」
青木が呻いた。
「おればっかり、泣いてんの」
今日負けたのは、おまえなのに。
「馬っ鹿、男が二人して泣きながら歩いてるなんてカッコわりいだろう」
だから泣けねえし。
いっつもアレだ、俺の分までおまえが泣いちまう。
ケンカで手え出すのも、あっちに出す手もそう言えば、おまえのが早いもんな。
「青木よう」
「なんだよお」
「女と酒、どっちがいい」
青木は鼻の下を手の甲で拭きながら即答した。
「女」
「それじゃ新宿な」
木村は薄く笑って踵を返し、青木の首に正面から腕を回す。
「グエッ」
勢い良く喉へ腕をぶつけられ、青木は蛙に似た唸りを上げた。
あとがき
18巻の負け組青木村が好きで好きで、
初負けの話をもわもわ妄想しました。
多分同時期に負けたんじゃないかなと!
そしてまだ若いから!17・8歳だから!
青木なんか初負けしたらかなり泣いちゃうんじゃないかなと!
しかし先日アニメを見始めたのですが、アニメでは木村新人王戦不参加!?
げ、原作設定・・・ということで・・・(きびしい)
原作では話題にすら出ていませんが;;
どうなのどうなの木村さんー!
(2006.01.25)
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