鯵鯖鰆
「宮田くん」
何だ。上げた目線で問う。
「い、いやじゃないの?」
何がだ。
眉間に皺が寄った。
「あ、あの・・・」
まだ触れても見ても脱がせてすらいないのに、小さくぴくんと痙攣して、悩ましげな顔で唇を噛む。おいこら。
手をかけたまま止まっていたせいで、指の温度で温くなってしまったボタンを外す。間髪入れずにジッパーを引き降ろすと、ああ今日はイケる日だ。何の引っかかりもなく実に素直に、最下まですぱっと金具が降りた。
「みみみ宮田くん!」
「何なんだよ」
言いながら厚手のデニム地を両手で裂くように力を入れる。結果腰から腿までずり落ちる。
「やだよちょっと!どどどうして?」
啜り泣きが混じり始めていた。トランクスの柄が寿司屋の湯呑みでよくあるような、魚偏漢字の羅列模様だったので、何だコリャと思って思わず手が止まっていたんだが、今から泣かれてもやり辛いので話を聞いてやることにする。
「嫌か」
幕之内は目を伏せたまま、赤面した顔をより赤くした。
「ボ、ボボ、ボクは、イヤじゃないことないけど」
「・・・」
膨らんできている部位を魚字越しに撫でてやる。人差し指で。
「あっ、あっ」
肩を跳ねさせて鳴く。幕之内の声は何と言うかとろけそうな時でも、粘っこさだとか胸焼けしそうな甘ったるさだとかが無い。AVでしか見たことないが、AVなら女のも男のも見たことがあって、もっとこうまとわりつくようなものがそのキャストの声にはあったと思うんだが、元来の声質の違いなのか?
粘っこくも纏わりつきもしないんだが、何故だかやたら耳に残る。そういうしつこさが無い代わりに、もの凄く可憐なのだ。小鳥みてえだ。多分半分くらいは、自分の耳がおかしくなってる所為だとも思う。
「でも、ボクは・・・あうう、宮田くん。恥かしいの」
顔を隠そうとする。手を捉えたいが好きにさせてやった。
「そんなに嫌か?」
こんなに怯えたみたいになってるんだから、もうちょっと優しい声出してやりゃいいのにと自分でも思うんだが。
「み、宮田くんがボクの触ったり、そ、それに、口つけたり、するなんて、ひゃ」
先から根元あたりまで一直線に撫でてからまた先へ指を戻す。ちょっと力が入った。
幕之内はぎゅうと縮こまって、
「ひゃああああん、くう」
まだ人差し指だけで布越しにしか触れてねえんだがよ。くそうここにキスしてみたい。
「うう、ご、ごめんなさい」
「何がだ」
「・・・こ、こんなんで、ボク」
「いいだろ」
「でも、こんな」
「嫌じゃないだろ」
「え・・・」
顔を覆っていた腕がやや緩んで、只でさえ大きくて丸くて愛しげな色をした目が、もう涙を溢れさせているのが、まだ半分ほど隠れたままだが覗き見えるようになった。
「・・・嫌じゃ、ない、けど」
「けど何だ」
「・・・困るよ」
ぐす、と鼻を啜る音。
「ボクだけこんな、こんなこと、してもらってね、でも、恥かしいの。き、きもちいいんだよ。だけど宮田くんにそんなことされて気持ちいいなんてどうしようって思うの」
こいつは元々は多弁でないが、説明下手なせいで気分が高まるとこう矢継ぎ早になる。しかしそうか気持ちはいいのか。
それにつけても。
か、可愛いじゃねえか。
「それに、それにね、き、汚いでしょう。そこ、あの、洗ってもないんだよ、なのにいつも。洗ったって、く、口つけて、そんなの、どうしてなの?宮田くんは、イヤじゃないの?ボク、ボクはそれが、み、」
Tシャツを捲って臍の横に吸い付いた。
多分こちらの名前を言おうとした所だったからだろう、みゃあああーっ、と奇っ怪な悲鳴になった。
「あ、あ、あっ、あう」
腹筋が痙攣している。
「嫌なわけねえだろう」
「あ、え?あっ、や、そこで喋らないで」
よっこらせ。ベッドの上に座っていたのが、今や完全に上体を寝かせている幕之内の上へ覆い被さる。抱く。やっと腕を下ろさせて間近から顔を見る。何と言うか、あー、これは自分の目がおかしいというのもあるかもしれないが、一般的に見てもそうなんじゃないだろうか。なら全力で守らなくてはならない。可愛い顔をしているのだ。特にこんな近くから見るとかなり堪らない。
「嫌じゃねえよ」
もう一度言う。
幕之内が瞬くと、涙がぽろっと横向きに流れた。
ぱちくりしている。やはり小鳥のような、雰囲気というか仕草だ。
「どうして?」
どうしてってお前。
さっきまで、今でも、お前自分がどんな顔してどんな声してたかわかっているのか幕之内。
宮田は再び眉間に深い皺を刻ませて、やおら骨が鳴るほどに一歩の体を抱き締め抜くと、厳しい表情のまま体を起こし身を屈ませて、硬直する一歩のトランクスを一気に掴み降ろした。
終
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