ワンミスコール
小さな液晶が忙しなく点滅しては着信を告げている。
着信音もバイブもオフの薄い携帯を持ち上げて、宮田は眉間に皺を作った。
液晶に表示された名は「木村」の二文字。フラップを開けて通話のボタンを押す。
「はい」
『よお、久しぶり!』
「久しぶりですね。オレに何か?」
『今夜開いてるか?』
「はあ」
予定はないが、宮田は多少警戒して明答を避けた。
『ちょっとした飲み会やるんだけどさ。7時に駅前集合で』
「オレは行きませんよ」
『来てくれよー。男人数足りねえんだよ』
「オレが行っても盛り下がるだけですよ」
『わかってるって。黙って座ってくれてりゃいいから』
「ごめんです」
言い捨て、宮田は素早く携帯を切る。木村と2人や見知った男同士の食事であれば、多少は腰も軽くなったかもしれないが、生来宮田は話をするのも聞くのも苦手で、外食もあまり好きでなかった。
何の未練もなく窓枠に置き去ろうとした携帯が、また点滅する。木村からであれば無視するところだが今度は「青木」。同じ用件なんだろうがと思いつつも、木村以上に青木とは久しぶりだ。声くらい聞いてみようと、宮田は携帯を取り直した。
「はい」
『もしもし、宮田くんですか?』
宮田の手から携帯が落ちた。
床に激突する前に、慌てて空中で捕まえる。
『幕之内です』
一瞬で汗ばんだ手が握っている機体から、微かに声が漏れている。
『もしもし』
「……何だ?」
動揺を伝えるわけにはいかず、言葉を選びすぎて宮田はいっそう無口になる。
『ごめんね。今話して大丈夫?』
「いいけど。青木さんかと思ったら、何の用だよ」
『ごめん、ボク携帯持ってないから、青木さんの借りたんだ。さっき、木村さんから電話あったよね?』
「ああ」
『飲み会、宮田くんも誘うって』
「誘われたけど」
宮田は溜息混じりの声で返した。断るだけでも疲れて嫌だ。行く気はないと念押ししておこうと、二の句を告げかけた宮田の耳に、緊張してか硬くなった一歩の声が届く。
『来ないで』
あ?
と、口を開けたものの声は発さず、宮田は固まった。
宮田が記憶しているよりも素っ気無い一歩の声が、耳元で繰り返す。
『宮田くんは、こ、来ないで下さい』
「なんでだよ」
『それは、言えないんだけど……』
一歩の言葉尻がすぼんで潤む。
『お願いだから来ないでね』
と駄目押しに懇願してから、電話は一方的に切られた。
「何言ってんだ、おまえ」
通話終了を告げる電子音が耳元でツーツー鳴っていても、なんとなく切られたことが理解できずに宮田は言葉を発してしまう。
「どういう意味だ」
舌打ちして携帯をベッドへ放り投げ、宮田は一気に重くなった頭が垂れるままに床を睨み付けた。
「来た!ホントに来た!」
と木村が爆笑している。
「くっそう」
「なんで来るんだよう」
口を尖らせた青木と板垣が千円ずつ出して木村に渡す。木村は2千円を機嫌よく受け取って財布にしまった。
一歩はとても複雑そうな顔をしている。
「宮田さんは絶対コンパとか来ない人だと思ってたのにい。先輩が誘ったら余計絶対来ないと思ったのに」
「見損なったぞお」
逆恨みのこもった眼差しを向けられた宮田は、思い切り舌打ちをして睨み返した。
こめかみに青筋が浮いており、秀麗な作りの顔が苛立ちに引き攣った様子が非常に恐ろしい。とたんに青木と板垣の視線から怨嗟の色はうすれ、
「いや、まあ、来てくれて嬉しいぜ」
「ボク一度宮田さんとお食事してみたかったんです」
変わり身早いなあと一歩は感心した。
「どういう事ですか」
聞かなくても判ったが宮田は聞いた。木村は爽やかな笑顔である。
「いや、オレが宮田を誘うっつったら、青木と板垣が絶対来ねえっつーから、賭けるか!ってなったんだよな」
「幕之内の電話は」
「うん、まあいいじゃん」
良くねえ。
「あの…ご、ごめんね、宮田くん、ごめんね」
一歩がおそるおそるまとわりついてきた。
「理由はわからないんだけど、木村さんにああ言えって言われて。ボク、宮田くんに来るななんて全然思ったことないから!宮田くんに来て欲しいから!宮田くんと一緒にいたいから!」
おまえもう喋るな という言葉を飲み込んで、宮田は大きな溜息をつく。
「でも」
一歩の口調がやや沈んだ。顔は向けずに視線で見れば、釈然としないような、素直に喜べないような落ち込めないような、理解できないもやもやを抱えた複雑な表情。
「宮田くん、どうして来たの?」
おまえが来るなっつーからだ。
「いや、来てくれて嬉しいんだけど、でも…」ともぞもぞする一歩の言葉尻にかぶせて宮田は問うた。
「鷹村さんは?」
「あっ、鷹村さんは都合が悪くて来れないんだって」
そんなはずないだろう。
口を開きかけた宮田を、仮面のような笑みを浮かべた青木村板垣が包囲した。
「秘密なんだよ。あの熊は今すごい飢えてる。あまりにも危険だ」
「一歩は鷹村さんに嘘つけないからな」
「適当に騙しました」
宮田は軽い頭痛を覚えた。
「みんな、何の話してるんですか?」
「何でもないんだよ一歩、おまえはほんとにいい奴だ」
「さあ行きましょう先輩」
「うん、そうだね」
「流されすぎだろ!」
自分もわりと流されていることを棚に上げて宮田は切れた。
数分後。
駅の改札口で仁王立ちに待ち構えている鷹村を発見した一行は、一歩を残して散り散りに逃げた。
野生の勘で不穏な気配を察知し、携帯の盗見や尾行によって追い付いて来たと思われる。
「あっ、鷹村さん。都合ついたんですか」
1人事情を知らぬ一歩が、腕を組んで微笑んでいる鷹村へ駆け寄っていく情景に、一斉に背を向けて駆け出す青木村宮田板垣。
「ぐらああああ、てめえら逃がさねえからなああ!」
吼える鷹村に簡単に捕まえられた一歩は、人の皮を被った熊の腕で、首を閂締めに締め上げられ、なんでええええええと悲痛なかぎりの声を上げる。
その断末魔を遠く聞きながら、宮田は着信拒否の操作方法を必死で思い出そうとしていた。
終
後書
一歩が来るなと言ったら宮田くんは「どういうことだよ」と思って来ちゃいそうだなという妄想です。天邪鬼!
あと、ついつい青木さんを書いちゃったけど、トミ子命なので多分彼は合コンにはもう来ないんだろうなあと思います。