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2010/10/13 (Wed)
「本能が戸を叩く(千一)」
Comments(0) | 一歩(千一)

一歩で千一にやばいくらいはまりまくって、書かずにいられなかったせんど&いぽです。
千堂→一歩のあの熱さ、肉食獣の執着のものすごさが、大好きです。
最近千堂さんの片想いっぽい感じだけど、でも恋人の地位は不動ですからー!
一歩の恋人。
あのサブタイトルまじでしぬ。









本能が戸を叩く





鈍く、時に鋭く、軟質のものがぶつかり合う音が響いている。
金属が軋む音が混じる。鎖が捻じれる。
千堂の拳を腹に撃たれて、サンドバッグが弾けるように揺れた。
ふうー、と熱の篭った息を吐いて、振り子の原理で戻りっぱなのサンドバッグへ、千堂は続けて堅い左拳を減り込ませる。
ジム内いたるところから響く同質の音の中でも、一際打撃の音が強い。
練習生らの体温と摩擦の熱のせいで、暖房は効かぬはずの練習場にも熱気がただよっていたが、千堂の周囲一角のみ一段と熱が篭っているようであった。
「えらい燃えとるな」
「再来週やもんなあ」
傍から見ていた練習生らがそう千堂を評し、手の中で丸めてもてあそんだのは、一冊の格闘雑誌である。
月間ボクシングファン。
表紙は幕ノ内一歩VS千堂武士、来たるフェザー級王座決定戦の開催が堂々と告知されていた。
2ヶ月前の王座防衛に成功した事も有り、なにわ拳闘会には今、活気が漲っている。
「楽しみやなあ」
「東京まで行くのんめんどいけどな」
「言うな」
わははっ、と笑い声を上げる数人の練習生らに、こらお前ら、とトレーナーが檄が飛ばし掛けたところで、唐突に電話のベルが鳴り響いた。
「なんや誰や」
あわてて出しかけた拳を引っ込め、トレーナー柳岡は事務室へ飛び込んだ。千堂が王者になってから入会希望者が増え、少しばかり人手不足のなにわ拳闘会である。
「はいもしもしぃ」
怒らせると怖い柳岡が別室へ駆け込んだのに胸を撫で下ろし、練習生らは各々のトレーニングへ戻っていった。








「おい、千堂!」
「何やねん」
事務室の扉から上半身だけ覗かせて叫ぶ柳岡を、千堂は額から顎へ流れる汗を拭いもせずに振り返る。
「電話や、お前に代われとー」
「誰や」
その問いに柳岡は笑った。
きもちわる、と千堂は半歩退きかけた。
「飯村さんや」
「・・・誰やて?」
「あの東京の女記者さんやがな、ほらボクシングファン」
「あーあー」
覚えている。えらく顔立ちの整った、それでいて言葉の端々にキレのある尖った女だった。
「何やろー」
「お前、手ぇ出したんやないやろな」
「うーん、バレたらしゃあない」
「アホ、はよ代われ」
はいはいはい、と軽く言葉で小突きあいながら受話器を受け取ると、耳に馴染まない標準語が自分の名を呼んだ。
『千堂さん?お久しぶり、飯村です』
「おー、こないだはどうも」
ワイの事が忘れられんかったですか、とかましてビビらそうかと思いつく。が、首を巡らせて背後を見ると、もう柳岡はジムへ練習に戻ってしまっており、空しくなりそうなのでやめた。
『読んでくれたかしら』
「おお、見せてもろたでー、褒めてくれたってありがとうさん」
『見たままを書いただけよ』
「さよけ」
『それでね』
と、口調が若干改まる。
『幕ノ内選手への伝言の件なんだけど』
一瞬、何の事だったか考えてから、千堂の表情が変わった。
ボクサーとしての千堂の顔は、獲物を狙う猛獣のそれとよく似ている。
動物的な本能が剥き出しになる。
牙も爪も殺し合う相手を求めて、1年と9ヶ月もの間飢えきっていた。
「おう」
賭かってるのはベルトやない、お互いのプライドや、ほんでもって最後に立っとるのはワイや、そう伝えてくれとは確かに言ったが、返事まで期待はしていなかった。
しかしこうしてわざわざ電話をくれたという事は、幕ノ内から何らかの返答があったという事なのだろう。千堂は唾を飲む。
さながら。
告白の返事を聞くような緊張感に、喉が渇いた。

『結局伝えてはいないんだけど』
「はあー?」
脱力した。
「何やねん、それは」
『伝える必要なかったみたい』
「はあぁ?」
『同じコト言ってたわ』
「・・・?」
『取材がてら様子見に鴨川へ行ったらね、ベルトかけて戦るとかじゃないんですよね、って』

喉が
乾く。

飢えている。


『ほっぺた掻きながら、タイトルマッチの実感はない・・・みたいな事を、ええと、何だったかしら』

受話器から顔を遠ざける。
手を腰近くまで半ば下ろして、千堂はひとつ息をついた。
幕ノ内の名前がその息に、どうしても混じっている気がした。
同じ事考えとってくれたか。
やっぱりなあ。
そらそうよな。
ワイら強いねん。強いもんが好きやねんもん。
ぶつからなしゃあない。
たまらんわ。

「もうええわ」
『え?そう?』
「ええわ。おおきに」
『いいえ、一応頼まれてたから、伝えておこうと思って』
「真面目やなあ」
『どういたしまして』
千堂の右手の中で、受話器がみしりと音を立てた。








「おー千堂、何の用事やってんや?あの記者さん・・・」
事務所の扉を音無く開けて姿を見せた千堂に、軽く声をかけようとして、柳岡は一瞬詰まった。
見た事のない顔をしていた。
切羽詰ってはいる。飢えてもいる。有り余ったエネルギーが瞳に漲っている。それはしかし常の千堂だ。けれど今は、それだけでなく。
「・・・何や?何が嬉しいねんお前」
脂汗が浮かんばかりに力の入った、やたらと凄味のあるその形相を指して、嬉しいのかと訊く柳岡の言葉に周りの練習生らは驚いた。
「あれ、喜んどんねやて」
「こわい」
「こわいって」
ぼそぼそとさざめくギャラリーと、心配そうに見つめる柳岡の横を素通りし、
「・・・あかん、勃ってまう」
震える声音で小さく呟かれた千堂の言葉に、見守る面々は著しく混乱した。
「・・・・・・はあぁあ?」
「ちょお走ってくる」
「はあ!?おい待て、千堂!」
ばたーん。
激しい音を立ててジムの扉を蹴破り、ロードワークへと飛び出していく千堂に、柳岡もその他一同も、半分追いかけようとする姿勢のまま硬直する。
何があった。
「・・・あの電話か」
「電話なんか!?」
「どどどどういう事ですかー!!!」
「あの女記者さん、エッチなんですかー!!!??」
若い盛りの男ばかりが10も20もひしめくこの部屋においては、千堂の一言は破壊力がありすぎた。
しばらく難波の一角、なにわ拳闘会は頭をかかえうずくまる面々で混乱を極め、常より長めのロードワークを終えた千堂が帰ってくる頃には、総員疲れ果ててどこかやつれていたと言う。



(2005)

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