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2010/10/13 (Wed)
「虎穴(千→一?)」
Comments(0) | 一歩(千一)

なごやか千堂一家話で千→一未満の話。














虎穴










カンカンサンサンと微かな電気と熱の音がする。
炬燵に伏せて腕を枕に、千堂は少々悩んでいた。
薄っすらと汗ばみ始めた裸足の足に、柔らかい皮毛の塊が触れている。猫である。
炬燵の中は暑かろうに、香箱の形に丸まったその背をフカフカと上下させ、呑気に眠りこけているらしい。
ううーん、と千堂は唸った。
「・・・しゃあない、もっぺん見たろ」
顔を伏せたまま手探りにリモコンを握り、その下部でコツコツ炬燵の卓面を叩いてみてから、千堂はうっそりと顔を上げた。
「うー、眠れへん」
青一色で静止している正面のテレビ画面へ向けて、巻戻しのボタンを押す。
きゅる、と慌しい音を立ててテープを巻戻し始めるデッキから眼を天井へ逸らし、千堂は大きく伸びをした。
「あ、そや」
独りごちる。
「みかん、みかん」
一転、そわそわと元気になって千堂は腰を浮かせた。炬燵上に広げられた広告紙の上に散らばった蜜柑の皮を片手でさっさと右方へ寄せる。
「みかんを粗末にするやつはぁ、みかんにやられて死んじまえ~♪」
一昔前のコミックロックを鼻歌いつつ、台所へ移動しようとしたところで
「うるさいで武士」
小さく口ずさんだつもりが存外に響いたようだ。
隣室で寝ていた筈の祖母にツッコミを入れられて、千堂は鴨居に足を引っ掛けた。



「なんや眩しいわ喧しいわでよう寝られへん」
口を尖らせながらもちゃっかりと炬燵に入り込み、千堂の運んだ蜜柑を無意味に両手で揉みしだく祖母に、千堂はこちらも口唇を尖らせつつ頭を掻いた。
「悪かったわばあちゃん」
「お茶入れてくれへん」
「へえへえ」
口も人相も巷での日ごろの行いも悪い千堂だが、この祖母の言には素直に応じる。
床も冷たい台所に素足で立ち、大人しく急須に茶葉を入れていると、
「あらあ、幕之内はんや」
そう言う祖母の声がして、同時にテレビのボリュームが上げられたのだろう、試合の解説をする白熱した司会の声が台所にまで届いてきた。
「耳遠いからってあんまし音上げんなや、近所迷惑や」
「誰の耳が遠いやて」
「ほい、茶やで」
「アンタさっきまでここでゴロゴロ、アカンとかクソとかたまらへんとか」
「あああ解った、地獄耳なのはよお解った」
今度から夜中に居間でビデオを見る時はボリュームをもっと下げよう、いやむしろ自室にテレビを置こうか、そう打算しつつ千堂も冷えた足裏を暖めるべく炬燵へ入る。
二人の足に押し合われ、炬燵の中で寝ぼけていた虎猫はとろんと半分覚醒し、千堂の右足の指をざりざりと舐めた。
「うお」
「どないしてん」
「トラ~」
「噛んだ?」
「舐めた」
ほっほっほ、と祖母は笑い、湯気の立ち上る湯呑みで両手を暖めながらテレビへと視線を戻す。
千堂も足を胡坐に組み、猫の寝場所を確保してやりながら、試合も中盤に差し掛かったその打ち合いへ目を向けた。


世界は広い。強い敵には事欠かない。何度でも戦う。何度でも勝つ。けれどライバルは生涯ただ一人だけだ。自分は恋人を見るような目をして、彼を見ているのだという。しゃあない、と千堂は思う。
リングに上がった幕之内の眼はランキングもベルトも世界も見ていない。自分のこの眼、この拳しか見ていない。肩から肘にかけての肉は硬く膨れていた、背中も胸も厚かった傷も一杯あった、全部自分を倒すためだけに泣いて走って血を吐いて、そして自分を殴るためだけに、ぶつかり合うためだけにその拳が、光も歓声も期待も飢えも確執も捨てきったただの拳が強さを求めて接近してくる一刹那。
未だ脳裏にこびり付いている。
腕が肩が胸が疼く。苦しいくらいに恋だと思った。
たぶん、一方通行ではないはずだ。


千堂の中の獣を覚醒させる、ひたすらに強さを追う純粋な瞳は、画質の悪い古びたテレビ越しでも鮮明に見て取れた。

自分の女が知らん奴とヤってんの眺めとる気分ちゅーか…

下卑た例えながら、心情的には的を射ている。
ああ自分なら、もっと悦ばせてやれるのに。
歯痒くも高揚する心情は、新人応戦のさなか、初めて相手のVTRを見た時と変わらない。
「幕之内はんはアレやなあ、こうやって見とると、普段はやおそうな人やのに別人やなあ」
「…んー?」
画面に見入っていた千堂は反応が少し遅れた。
「おう …?あれ、ばあちゃん幕之内知っとん?」
「アンタのアホ試合見に行ったら、隣のほうに居ったがな」
「あぁ、あー」
確かに茂田戦のチケットは、たまには見に来いと祖母も渡した。座席のナンバーは幕之内に送ったチケットのものと、隣り合わせになる筈だ。
「そおかー、せやんなあ」
「幕之内はんなあ、あれは優しい人やでえ」
「アイツ普段はメッチャやおいねん」
「試合始まる前になあ、厠連れてってもろてんよ」
「……ああ!?」
啜りかけた茶を止め、勢い良く顔をこちらへ向けてくる千堂を意にも介さず、
「わざわざ負ぶってもろてなあ。席帰ったらあんたボコボコやないの、体裁悪いわあ」
「ちょちょちょちょお待てえや。何やそりゃあ!」
「せやから厠」
「ああああ」
千堂は頭を抱えて炬燵に伏した。
「体裁悪いのはこっちの方やあ」
「気にする程の体裁がアンタのどこにあんねん。それよかロッキーロッキーゆうて騒ぎよるモンがようけ居るけどなアレはアカン、年寄りの話なん聞かんヤクザばっかしやで。アンタ今度記者会見でも取材でもなんかあったらそない一言ゆうとき、年寄りの話聞かんモンはしょうもないゆうて」
「あーわかったわかった!まあええわい、もう、あの試合は序盤なほどワイええとこなかったし」
ええいくそったれ、と口内のみで呟いて、千堂はヤケクソの様にみかんを剥き始める。
「夜中に食べたらお腹おかしなるで」
「ええねん、食べれる時に食べとかんと」
「アンタなあ」
祖母は自分の所業を棚に上げて深く溜息をつき、テレビ画面へ視線を戻した。
思いもよらぬところで自分の祖母がライバルの世話になっていたことに一時慌てふためいた千堂は、会話が途切れたのにほっとして、雑に剥き終えたみかんを割る。
半分にしたその身の房を、丸々口へ入れたところで、
「…ホンマなあ……」
祖母がしみじみとした風情で独りごちた。
「ん?」
そこは律儀に相槌を打ち、話を促す優しい孫である。
「あんゃえん(何やねん)?」
なにやら不機嫌になったらしい、しかし食うモノは食いつつも話は聞く態勢の付き合いの良い孫へ、祖母はごく軽く言ってのけた。
「幕之内はんみたいなお人が、アンタの嫁に来てくれはったらなあ」
千堂は勢い良くみかんを吹いた。
咀嚼を免れて半欠けの形のままの蜜柑が、テレビの横の壁にびたん!とぶつかり、ずるずると唾液と果汁の後を残しつつ畳の床へ落ちていく。
祖母は呻いた。
「汚いなあ」
「げほ!」
千堂は体をくの字に折り曲げて喘いだ。
「げっほげほげほ!」
「何ムセとんねん」
「ばあちゃんのせいやろがあ!」
「何がやねん」
「ナニもカニもあらへん、気色悪い事言うさかいにツカエたわ」
「しゃあけど、アンタ」
普段は寝ているのか起きているのかの判別すら難しい、皺のような祖母の眼が、薄く開いて光っている。
「あない優しゅうて気立てがよろしゅうて、人を立てられる若いモンは中々おらんで」
「いや、そらな」
「アンタのアホに付き合える体力もあるわけやし」
「うっ」
「こないだ来はった記者さんの話やと、おうちの商売手伝いながらボクシングしてはる孝行なお人らしいやないの。ウチとしてはそないな人なら来てくれはって安心やし」
「ば。ばあちゃん」
「それに可愛いお顔してはる」
「・・・・・・」
千堂の脳内に設置された舞台上を、白無垢姿の幕之内一歩が綿帽子の下から「ど、どうも、どうも」とはにかみつつ、低い腰つきで頭を下げ下げ、上手から下手へぺこぺこぴたぴたと通り過ぎていった。
「・・・・・・」
千堂は眉間を親指でえぐるように指圧し、リアルに想像できてしまった、確かにそこに見出してしまった、ある種の「可愛らしさ」による動揺を鎮めようと試みる。
「・・・か、可愛いと言えば、か、可愛いんかなあ・・・」
「可愛らしやんか」
祖母は微笑ましげな表情で空中を見上げ、
「起き上がりこぼしに似とるよね」
「そっちかい!」
千堂のツッコミは鋭かった。
しかし祖母は怯みを見せず、千堂の入れた茶を両手で包み、ふぅう、と切なげな溜息をつく。
「・・・ウチかてもうトシやねんで」
千堂は言葉に詰まった。
その手元に転がっていた、半分に割れたみかんを無断で取り、一房むしって口へ入れながら祖母は続ける。
「幕之内はんやったらなぁ・・・」
むしゃむしゃと頬張るその食べっぷりは健康そうなのだが、なんだか口調は消え入りそうだ。
千堂は言葉を失ったまま、奪われたみかんが減っていくのをただ見つめていた。






























かたん、と微かな音がした。
うとうとと寝入りかけていた祖母は眼を開ける。首を巡らせて音のした方を見遣ると、孫が襖に手をかけ、5寸ほど開いたその隙間から獣じみた目でこちらを凝視していた。
油汗のびっしり浮いた顔で口を開く、孫の言葉へ祖母は耳を澄ませる。
「ばあちゃん」
「なんや」
祖母は眠そうに応えた。
「・・・あんなぁ・・・幕之内はなぁ、・・・む・・・無理やって」
千堂の声は、なにやら切羽詰っていた。
「・・・・・・」
祖母は悲しそうな顔をした。
この表情には見覚えがあると千堂は思った。
大きな丸を貰ったと勇んで小学校から帰ったあの日、答案の点数欄に赤々と記された特大の丸を見ながら、祖母はたしかこんな顔をしていなかったろうか。

「・・・・・・・・・本気にするアホがどこにおんねんな」

心底あきれ果てた、それでいてどこかに哀れみを含んだ切ない表情で、祖母はしみじみと千堂を見た。
「・・・・・・」
千堂は無言で襖を閉じた。
覚束ない足取りで軋む床板を踏みつつ自室へと戻り、悩み寝乱れたせいで山のごとく寄せられた布団と毛布の積層に顔を埋め、

「・・・・・・・・・・・・くそばーちゃん・・・・・・!」

彼にしては非常に珍しい祖母への悪態を、そっと汗の臭いが篭る布団へと吸い込ませた。













あとがき


幕之内関係でばあちゃんから揶揄われた千堂に
クソババアと言わせてみたかったのですが、
なんっか、なんっか言いそうで言わない気がしてきて
妙にかわいらしい悪態に(大汗)

千堂さんの自室ってどんなんなのかなー。
一歩は夜中でもひっそり居間でテレビ見てるので
似たようなかんじなんだろうなと妄想妄想。
千堂祖母は幕之内母並に最強な気がします。
そして一歩と千堂は、互いが互いの親にとてもウケがよさそう。宮田くんと違って(笑)

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