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2015/03/01 (Sun)
「必殺スカーレットファング」
Comments(0) | ハイキュー!!
岩ちゃん女体化小説バレンタイン編です、及岩前提です。



必殺スカーレットファング


岩ちゃん俺はどうしても、きみから欲しいものがある。
はいどうぞって、俺だけにって、差し出してくれたら嬉しいな。
きみの大事なこころとからだの一部、いとしいいとしい君の一番とっておきのかけら、きっと暖かくて柔らかくてそいつを君の小さい傷だらけの手でそっと俺に、「及川に」って、ああ、だから、どうしても、君から、ほ、ほしいものが、他ならぬ今日こそどうしても、君から欲しいものがあるんだよ。
俺に両手をにぎにぎされて、岩ちゃんは困った顔で見上げてきた。
「お前、だいじょぶ?」
「だ、だいじょぶ、かな」
「ん?」
って背伸びししながら俺の両手を揉み解き、差し伸べて、顔を掴まれる。引き寄せられる。額と額を合わせて、
「本当に、だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶじゃ、な、な、」
だいじょうぶなもんか。きみの目がどんなに綺麗か、君はひとっつもわかっちゃいないな、なんてひどい子だ。
睫が何本生えてるか数えられる近さに唇が震えて勝手に噛み付きそうになるも、ぱちりとその美しい眼をまぶたの下に隠してしまって、こつこつと額でリズム取って「ん、ん?」なんて眉間に皺を寄せられては打つ手がない。手も足も出ない。まさしく骨抜きだ。舌の付け根まで痺れてきた。
「い、岩ちゃん…」
「おでこが熱いぞ」
「そ、そりゃ、そりゃ」
何度にもわけて唾を飲み、君のせいだと告げる。
「そんな」
岩ちゃんは青くなっておろおろし始めた。
「どうしよう、及川、及川」
俺の胸にまろい頬をすりすりして、「病気治って」と甘い声で優しいことを言う。はっきり言うけど気が狂いそうだ。
「なあ、なにが欲しいの」
「あの、あの」
「なあ」
「あのですね」
飲み込む唾の味が鉄臭くなってきた。
「い、岩ちゃんの」
「ん」
涙の膜が張った瞳でまたたく。胸が詰まり喉が締め上げられて声すら出なくなる。
「及川、俺がついてる」
ああ、俺の岩ちゃんよ。
いとしいお手々、いとしいおでこ、ほっぺた、くちびる、声、肌、匂い。夢と希望に勇気まで詰まったその身体ごと俺にぴったり寄り添って、温めようとしてくれる悪魔のような女の子だ。
「お、俺が、欲しいのはね」
うん、と岩ちゃんが頷く。
「君の、ぱ、ぱ、ぱんてぃなんだよ」
岩ちゃんは、ふわーっと赤くなった。
「汚いよ」
「き、きたない訳ねえべ、おま、それ、も、絶対きれいだから」
思わず死ぬほど必死になる。岩ちゃんはプイとそっぽを向いてしまった。こころもち太めで勇ましい印象の眉毛が、困ったようなハの字になっている。
「恥ずかしいよ」
「で、ですよね、ですよね」
こらえきれずに抱き締めて頬ずりすると、んーん、とむずがるみたく頭を左右に振り振りする岩ちゃん。お願いだよォ、と涙交じりの声が出る俺だ。
「及川」
「は、はい、はい」
ん、と岩ちゃんは一つ、お返事のような声を上げて、目をきゅっと瞑ってうつむいた。
「ど、どうしたの」
うろたえる俺。
「は、はやくして」
そう言って岩ちゃんは小さく前にならえのポーズを取り、両手を拳に握りしめてふんばっている。仁王立ち。下を向いた顔の赤らみはひどくなる一方で、岩ちゃん、早くしろってなんなのさ。
「ん」
頭を悩ませる俺にまた一つ、促すような岩ちゃんの声。
……まさか。
……まさか、まさか、岩ちゃん。
「はやくう」
「はい!はい!!!!」
俺は光の速さでその場に片膝をついた。
「お、お、お、お、降ろすよ!!!??」
「ん」
そっと。
そっと、手を、こう、上昇させる。
目線の高さにちょうどスカート丈がきていて、そのチェックなプリーツの向こう側へ消えてゆく俺の両手よ。
「は、はやくう」
「うん、あの、ゆっくり、はい」

あー。

あーーー。

岩ちゃんのお尻はちょいちょいヒヨコのようにぷりぷりと動く。ちっちゃくて丸くてふくふく上を向いていて、かわいらしいというか、なんかもうかわいいとかそういう問題じゃなくてどうにかした方がいいと思う。
思わず、下から捧げ持つ形でそっと包み込んでしまい、
「ひゃん」
悲鳴を上げられた。するするとした触り心地の布越しに、しっとりと汗をかいた肌がある。覆われた肉の弾力はどこまでも甘い。ぴっちりと合わさった布と肌の境目を探して蠢く。岩ちゃんが鼻を啜る。
「ぐすん、ぐすん」
「う、うん、うん」
こんなド恥ずかしいことやらしてくれてゴメンねありがとうね。君は本当にどうしようもない子だ。きっといつまでもどこまでも、俺を苦しめるんだろう。
「あ、ああ、やん、さわらないで」
「む、無茶言うな、うあ」
「やだ、だめ、嫌、あん」
「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
ひんひん言う岩ちゃんを必死で適当になだめすかしながら、羽のような触り心地のそれをするするーって降ろして、あ~~アレだ、アレがきました。シンプルだけどこう…思った通り。
とっても、暖かくて、柔らかいよ、岩ちゃん。これもいとしいかかとからつま先が、おずおずと持ち上がって、抜ける。自由になる。ぱんつが。 
今すぐ広げてセンターのちっちゃいリボンを指差し確認したいところを堪えつつ、「大事にするね」と宣言し、ふところへ仕舞う。
岩ちゃんは赤い顔で俺のことを睨み付けながら、スカートの裾を握り締めて、でもこっくりとうなずいた。




目覚ましのジリジリが耳から脳味噌に突き刺さり、目覚める。視界に飛び込んでくるのは見慣れた畳張りに砂壁の自室だ。身体にまとわりついた毛布を引きずりながら上半身を起こす。見渡した。カーテン越しの空はまだ暗い。今日も、寒くなりそうだ。
―――じっと手を見る。
振り上げた。
振り下ろした。

「違うだろ……!!!」

衝撃を受け止めた、枕が軋む。
色々、いろいろ、いろんなところが、ちがうだろ!!!
違うっていうか、違う、違うだろ。

ちが……、



違うだろ!!!!!


打ち降ろし続ける拳の衝撃に、床から跳ねた携帯の液晶が、2月14日を映している。









大荷物を抱えて駆けてゆく岩泉。そいつを見かけたのは幸運だ。花巻はこちらも子供一人は隠れられそうなサイズのゴミ箱を抱えて追いかけた。部室の掃除をしていたのである。焼却炉からの帰りなので、身は軽い。
「はじめちゃーん」
「はじめちゃん言うなあ!」
「どこ行くのー」
「うるせえ!」
と怒鳴り声を上げた岩泉はしかし、「あ!」と思いついて急停止した。
「花巻、ちょうどいいところに」
「なになに」
「これ」
と、枕が三つくらい入ってそうなでかさの紙袋、岩泉が抱きかかえていたそれを差し出される。地元百貨店の紋入りだ。
「なんだ、重いな」
「女バレ部から男子へ、義理っていうか、応援」
ガムテで無造作に口を閉じられた端っこをこじあけて覗き見ると、あきらかに素人包装のマフィンがたくさん入っている。
「すげえ、ありがとう」
ゴミ箱なんか蹴飛ばして、思わず紙袋を抱き閉めたくなる花巻だ。なにしろ手作り臭がはんぱないのである。そこそこ多趣味に遊んでる方だと自分では思うが、しょせんは体育会系の純朴男子高校生だ。バレンタインデー当日なのである。感動でしかない。
「これ、作ったの?誰が?」
ガムテの隙間からこじ入れた手で一つ掴み出し、ラッピングタイのこよりを解きながら問う。
「俺、こういうシンプルなやつすんげー好き」
「作ったのは、あの、マネジやってくれてる娘の家で」
時間の都合のつくものが集まって、こしらえてくれたのだという。
女子、なんだそりゃ。
女子、いいなあ、女子って。
顔面は真面目だが内心は意味不明の萌えが吹き荒れる花巻貴大だ。まだ女への夢が生きている思春期なのだ。女子バレの面子といえば、わりかし知ってる同級生とかもいるわけであって、あまり夢を見る対象にもならないのが日常なのだが、重ねて言うがバレンタインデー当日なのである。潤うような心地さえしてきた。
「こんなん、めちゃくちゃ喜ぶようちの男。朝練鬱っぽかったやついたもん。母ちゃんオンリー組とかいって、あ、うめえ」
「わあ、もう食いやがった!」
「ゴメン、甘いものを即座に食うことにかけては俺の右に出る奴いないよ」
まふまふまふ、と真顔で頬に詰め込んでゆく花巻を見守る岩泉の顔は、険しい。
険しいその面に、ほのかに、桃色がのぼってゆく。
「…うまいか」
「うん、うまい」
「…お、」
お?
見返す花巻。
かすかに唇をとがらせて見てくる岩泉の顔は、たしかに、ほんのりと赤くなっていた。お目々も心なしか潤みを帯びてキラキラしておられる。
「お、あ、あたしも、手伝ったんだけど、おいしいか」
花巻は叫んだ。
「は、はじめちゃーーーん!!」
「う、うるせえ、やめろってそれ!」
「やだもー、女子じゃーん!」
「じょ、女子とか関係ねー!!」
いやあるだろ。などとつっこみを入れていては収拾がつかないので、花巻はニコニコしているつもりでニヤニヤしながら事態をまとめにかかった。
「ありがとね」
「おう」
さるぼぼのような面構えになった岩泉が、ぶすっとしつつもこっくりと頷く。
「うまいです」
「そうかよ」
それならよかった、と、つんとした口で答える岩泉。かなり満更でもなさそうで、がんばってくれたのではないかという感じで、闇雲な愛おしさというか頭なでたい感じというか、そういうのが胸に詰まってしまう花巻だ。
しばし、見詰め合う。
花巻が沈黙を破った。
「なんか今おれら、すげえ彼氏彼女くさいね」
はああ!!?
岩泉が吼えた。
「うまかったよ、はじめ」
「しゃーーー!!!」
全身全霊の威嚇で、応酬されたのである。








「あのう、すみません…」
足元から潜められた声が這い登ってきて、岩泉はボトルを取り落としそうになった。
「あのう、岩泉先輩」
「な、なんだ、てめえ」
体育館壁の下窓から、見覚えのある顔がこちらを覗き見上げている。洋犬の子どものようなイメージが沸いてくるのは、かわいそうな雰囲気を積極的にアピりたい下がり眉と弱りきった黒目のせいなのか、なんとはなしにあざとい。
「矢巾か、どうしたんだよ。おばけかと思うじゃねえか」
「何かわいい事言ってんすか」
「ばか!こぼれたじゃんかよ~」
しゃがみこんで床を拭いている背中に、
「及川さんが、その」
声をかける。床を拭く腕が止まった。
「女か」
「えっ?ええ、あ、はい」
「ちっ」
火口が爆ぜるような舌打ちをして、岩泉は水を吸ったタオルをうなじに叩きつけた。立ち上がる。矢巾はおののく。
岩泉という人は、柄が悪くても品はいいのが常なのだが、及川が絡む折々では言動が場末のおっさんじみるのだ。
「だからヤなんだよ、バレンタインって」
「え、でも、くれましたよね。花巻さんからいただきました、あざした」
「ふん」
岩泉の姿が視界から消えた。しばし待つと、どしどし地面を蹴立てる音がして、振り仰げば部活を抜けてきてくれたのだろう岩泉が履き替えたコンバースで土煙を上げている。
「校門か、行くぞ」
「はい」
俺いっさいなんも説明してないんだけどなんで全部わかるんだろう・・・・・・。
そんな疑問を胸にしまって、矢巾はひたすら従順に、自分よりも遥に小さめな岩泉の背を追った。








まとまりはつかねども険悪な雰囲気だけはものすごく伝わってくる金切り声の応酬になっていた。
「俺は今、今までで一番、及川のことを尊敬してる」
「俺もです」
抜け駆け、とか、ずるい、とか、ファンだとかファンじゃないだとか。ひどいだのありえないだの、負のヒートアップをしてゆく黄色いやりとりを校門の裏で聞きながら手をこまねいているのはコーチの溝口と1年生の渡だ。
「はぁい、おちつこ、ね?」
「ほら及川さんだって迷惑だって言ってる」
「それはあんたによ」
「どうでもいいけど後がつかえてるの!」
「さっきから独り占めして」
「勘違い女」
「コイツ痛い」
「あれアピってるつもり」
「うざっ」
「うぜえのはてめえだ」
「ウッセんだよあ」
「はぁい、おちつこ、ね?」
及川の声からは、生気が失われつつあった。
「こわいよ…」
はらはらと渡が泣きはじめ、溝口はその背をさする。
「ダメな大人でごめんな。ダメな大人でごめんな…!!」
どし、どし、どし。
地鳴りが…いや、足音が近付いてくる。皮膚のおもてがピリつくような威圧感。
は、と顔を上げた渡と溝口の横を、制止するいとまもなく通過して、岩泉が赴く。その後ろからちょろろっと追ってきているのは、
「矢巾!」
「あっ、コーチ!えっ、ダメでした?」
「昼前はコーチでなんとかなったけど、それで余計今恨み買われてるぽくて」
渡が弁解してやる。昼前に部室まで及川を訪ねてきた女友達というかファンというかが10数名いて、それが大体他校生だったので、大事になる前に溝口が隠密におっぱらったのだ。それが校門前で出待ちの集団と合体して騒音を発し始め、
「及川さん停学とかないですよね…?」
「なるかバカ」
さきほどより姦しさを増している状況を見て、青くなる矢巾を溝口が一喝する。ふだん、女の子にきゃーきゃー言われてちぎっては投げしているリア充スメル満開の先輩を、うらやましい、ねたましい、なんて、思わなければよかった。俺のばか。及川さんは、及川さんは、苦労しているんだ…!
「及川さんはあんたのものじゃないのよ」
「それはこっちのせりふよ」
「及川さんはみんなのものなんだから」
渡と矢巾が震え上がり、溝口が犬の仔を集めるようにしてその背を両腕に抱く。岩泉の腕が上がる。轟音が鳴る。校門の角が落ちた。
「及川はものじゃねえよ」
静まり返る。皆が岩泉を見る。顔。こわい。次いで、その足元を見る。石くれとなった校門の一部が落ちている。
老朽化していたんだろう、と、溝口は思った。岩泉が手にしたスクエアボトルが、真下からものすごい圧を受けたような形にひしゃげている。それと、地面に落ちている校門のカド部分だった石塊の因縁はさておき、老朽化していたに違いないのだ。
手に手に花束のようなあしらいのプレゼントを持った女の子たち。そして及川。及川が、口を開いた。片割れの名を呼ぶ。
「岩ちゃん」
「そこに四つん這いになれ」
「はい?」
岩泉が、じろりと及川を見た。その瞳にはマイナス100度の炎が宿っている。
「四つん這いになれ」
及川は、震えながらその場に膝をついた。手も付く。
「おい」
冷たい炎が、今度は女の子たちを見渡した。ギャルもいる、お嬢ちゃんもいる。派手なのも地味なのもキュっと小さくなった。小さくなったその分だけ、岩泉の体積がふくれあがる。威圧が増した。
「ここに、それを、置けよ」
手に手に持ったチョコレートの包みと、及川の背中を、交互に指す。
「置けよ」
「え…」
「でも…」
未知の状況に、ざわざわし始めた。
岩泉の背中が、更にふくれあがる。目は青白く輝いた。口の端から牙が覗く。極寒の血を吸って、研ぎ澄まされた獣の牙だった。
「置けよ」
おそるおそる、何名かが進み出た。シャンパンベージュにシャイニーピンクのラッピングが、馬となった及川の背に、そっと積み重ねられる。
「あの…」
「どうぞ…」
「あ、ありがと…」
「おら、もっと来いよ」
「え、えっと…」
「えっと…」
しずしずと、列をなして置きにくる。及川の背に、箱や包みがうず高くなってゆく。
ひっく、ひっく、と誰かが嗚咽をもらしはじめた。
「こ、こんなの、やだあ。こんなの違うよお」
「なんか怖いよお。ヤバイ儀式みたいだよお」
「私が思ってたバレンタインと、違うよお…っ」
嘆きながら踵を返して駆け去る者が数名。なんだか伝播して一体が悲しみに包まれる。
「もうやだよお…っ」
「おうち帰るよお…っ」
「帰れ帰れ!!ばかやろうてめえら、しゃーーーっ!!」
ぞくぞくと背を向けては走り逃げるその他校生の背中へ、岩泉がどす青い咆哮を上げる。
「てめえらのやってることとハタから見りゃあおんなじなんだよ!!わかったか!!こわいだろうが!!あぶねえ儀式みてえだろうが!!おんなじなんだよテメエらのやってるこたあバッカヤロウ!!帰れ帰れ、しゃーーーっ!!しゃーーーーーっ!!!」
人っ子一人消えた四方八方へ、校門前から威嚇を飛ばしまくる岩泉の横、
「腕が…そろそろ痛いよ…」
小さく呟かれた及川の声を聞き付けて、校門の内側から溝口と1年2人がようやく転がり出てきた。










「おもしれーもん見っけたよ」
嬉しげに言いながら、及川が岩泉へ駆け寄った。公園のブランコに腰掛けてゆらゆらしながらワンタンメンのハーフカップを啜っていた岩泉は、容器を傾けて飲み干しながら待つ。
「んはー。なに?」
「一瞬で完食してる!まあいいや、ふふふ、目を瞑って、くち空けてごらん」
「えー、やだよ」
「おいしいから、当ててみな」
公園沿いの通りからすぐ向かいにあるコンビニの、電飾がまばゆく光っている。岩泉は言われた通り、ぱちりと目を閉じて、口を開けた。どきどきした。
硬くて冷たいものが放り込まれる。
「ん、ん~」
目を閉じたまま咀嚼して、
「おいひい」
唸った。
「なにこれ、チョコだ、あまくねえな」
「ね~好きでしょう絶対。なんだと思う」
岩泉は困った顔をして首を捻る。
「じゃむ?」
ちがうよ、と言えば今度は反対側に首を傾けて
「柿?」
「ちがうって」
おら、目ーつぶって。
促せば、今度は素直に慌てて目を閉じた。同時に口も開ける。唇に乗せてやればアムアムと食べて、「んー」と空を睨む手中の珠よ。
「むずかしい」
と嬉しげな口元で苦々しい事を言い、今度は自主的に瞳を閉じる。口も開けた。
「まー」
と、催促だ。及川は固まった。
少しお高めなニュアンスの、金色のパウチを、慌てながらに開ける。逆さにして振ると、オレンジ色とやわらかい色合いのチョコレートがハーフアンドハーフで、欠片が手のひらへ零れ落ちてきた。
「おいかわ」
岩泉が強請る。
「はいはい」
「はやくう、ちょーらい」
唇に、苦くて甘いものが触れた。少し震えていた気もするそれを、ぺろりと口内に納めて、もちゃもちゃと味わう岩泉。
「わかった」
ぱっちりと開眼する。
「オレンジだ!」
横を見ると、及川がぐったりとうなだれていた。隣のブランコに腰掛けた膝の間に、完全に顔が埋もれている。耳が赤い。
「岩ちゃん」
「当たった?」
「うん、岩ちゃんよ」
オランジェットの袋がカサカサ言いながら地面に落ちて、風攫われる前に慌てて及川はそのゴールドの端を踏ん付ける。
「なんだよう」
「あの、あのね、俺は、君に、」
言いたい事が。
「なんだよ」
及川は、もっさりと身を起こした。耳どころか首まで赤い。あの~、と少し言い淀んでから、
「ぱんつをね」
「は?」
「外に干すのは止した方がいいと思う」
「は?え?」
「洗濯物を干すのは岩ちゃんのお母ちゃんかね?」
「ん、ん?ううん、ここんとこ俺が朝…」
岩泉の顔面にも、ほわわわわ、と下から血が上ってきた。
「み、みたのか」
「だから、見えるとこに干すなと言っているの」
「あー!!そ、そっか、そっか……」
塩された青菜の体でブランコに崩れ落ちた岩泉、気を付ける、と小さな声を出して、誓った。
「あの、岩ちゃんのでしょ、あの水色と白のちっちゃいリボン」
「じゃめろーーー!!!」
やめろが言いた過ぎてじゃめろになる岩泉。及川はじゃめた。
「まあ気を付けて」
「ええん」
岩泉は一声泣いて、それから振り切るようにがしゃがしゃとブランコの上に仁王立ちになると勢いよくスイングを開始した。
岩ちゃん、と及川の声がおいかける。
俺に、バレンタインになんかくれたの、はじめてじゃん?
「てめーにはやってねーよ!」
「いや、あのマフィン」
「あれはみんなから、みんなにやったの!」
「そりゃそうだけど」
「でーい!!」
岩泉が、踏み板を蹴った。宙に舞う。猫科の、白い獣のようだ。月明かりの中、及川は思った。だからよお、パンツ見えるって……いやジャージでガードしてるとかそういう問題じゃねえしね。まあいいか。
君は君だし、俺はこんなだし、明日はもうちょっとなんとかするとして、ひとまず今日はこんな感じで力尽きようじゃないか。
正しい弧をひとつ描いて体操部も唸るような見事な着地、岩泉が振り返る。
「何見てんだよ!」
「ヤクザかよ。俺が見てんのは、岩ちゃんだよ。悪いか」
「見料をもらおう」
ざくざくと土煙を上げて、岩泉が及川の前に駆け付けた。仏頂面で目を瞑って口を開ける。
「んまー」
「はいはい」
コンビニ袋をガサつかせながら及川も立ち上がり、甘い一粒を差し出すそぶりで、つい唇を突っついて、ついでに鼻を摘んだ。いたずらっ子だ。岩泉の猫目が、ぎらりと音すら立てて開く。
あ、やべ、と思った次の瞬間にはもう、地面にはっ倒されていた。




おしまい

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